プロフィール
■活動履歴
平成10年3月 神職の資格を取得。
チャレンジのきっかけ
黒川能で有名な鶴岡市黒川(旧櫛引町)の春日神社には神職の家と決められた家が4軒あり、その4軒の中で資格を取った人が神主として神社に勤務している。難波さんは、その神職の家に生まれ、祖父も父も神職という環境の中で育った。
お祭りの時に装束を着た普段と違う父親を見て「かっこいいなあ」と憧れた。しかし、神職の家に生まれはしたが、自分が神職になるとは考えなかった。神職・能の舞台は、女性の入れない男性だけの神聖な場所と子供の頃から悟っていた。
そんな中で子供は二人とも女の子だったので、後継ぎとして父が長女である姉に神職の資格を取る事を勧めた。「神職には男も女もない。」と後押ししてくれた父の思いに応え、姉は見事資格を取り黒川で女性初の神職となった。このまま後を継ぐものと思っていた。
しかし、県の職員である姉は、その後転勤し、同じ職場の男性と結婚し家を離れてしまった。それで、姉の代わりに大学卒業時に資格を取り、神職として勤めることになった。
元々活発な性格の難波さんには、男性の世界と割り切ってはいたができることならやってみたいという気持ちもあった。「地元に就職できたこともあり、自分が考えていたよりスムーズに神職の仕事に就く事ができましたね。自分で志したというよりは自然の流れでしょうか。」と語る。
チャレンジの道のり
神職資格を取った時に使った教科書に基本となる動作は載っている。しかし、お祭りによっては動きは教科書とは全く違う場合が多い。「他の神主さんの動きをよく見て覚えます。最初は何が起こるのか、自分が何をすればいいのかわかりませんでしたね。回りにていねいに教えてもらえるわけではなく、見て覚えなさい、そういう世界です。その辺が大変でした。」
各動作も立ち上がる時に、足はどちらから出すかとか細かく決まっている。 まわりからも厳しく見られている。「神様に対する気持ちがあれば美しく決まる、そういう気持ちはあります。まだまだ勉強不足で思うようにはいきませんけどね。」
神職という男性の世界に入った事については、「最初は抵抗ありましたね。人には女性一人だけですごいねとよく言われますが、私は女性の神主ではなく[黒川の神主]なんです。黒川能とかお祭りは神聖なものなんです。その神聖なものを女性が入って汚したとは言われたくないんです。」と語る。
女性が神社にいるとわからないくらいがいい、そういう難波さんのポリシーから、装束も女性用ではなく敢えて男性用のを着用しているそうだ。
現在の活動内容
現在、出羽商工会大山支所に勤務している関係上、神事の手伝いができるのは年6日間くらいだそうである。1月1日の元旦のお祭り、祈念祭、例大祭、新嘗祭、王祇祭その他春日神社自体のお祭りなどに参加している。
<王祇祭・黒川能について>
黒川のお祭りでもっとも重要な「王祇祭」。2月1日から2日間、夜を徹して祭りは続けられる。特に混雑する2月1日の当屋(屋内)での観能は抽選になる。人気が高く県外からも応募があるため、3倍くらいの倍率になるそうだ。
2日間のお祭りは1日目は当屋の世帯持の人が仕切る。2日目は折盛が神社の進行をするなどそれぞれが分担して進行する。
- 大地踏(だいちふみ)
王祇祭は大地踏という子供の舞いから始まる。子供は宝という考えから、子供を最初に出して舞台を踏みしめ清める。黒川能独特の風習。 - 当屋頭人(とうやとうにん)
座の棟梁を当屋頭人と呼ぶ。当屋は黒川の男性にとって一生に一度の長寿のお祝いで平等に年齢順で回ってくる。黒川は上座と下座の二つの座に分かれており、それぞれ当屋がある。
「2日間のお祭りの中にいろんなものが凝縮されていて奥が深い、すばらしいお祭りです。人生に悩んだら王祇祭を見れば何か問題解決のヒントになるかもしれないと思うくらいです。まるで宇宙のようですよ。」
「<大地踏>の子供と長寿のお祝いである<当屋頭人>、<上座>と<下座>のように全てきれいに対になっているお祭りです。まさに人生の縮図ですね。」
「子供の大地踏みを見ると涙が出るようになりましたね。それから当屋頭人を見ていると長生きしてここまでいろんな事があったんだろうなあと思います。お年寄りは偉大だと感じますね。なかなか今の時代にそういう事を気づかせてくれる事ってないと思います。」
「能の世界は、題材が女性の恨みとか情念というのが多いんです。それを女性が演じるとリアルすぎて怖いんですよ。男性が演じると美しいんです。」
<黒川の人たちについて>
神社でお年寄りの方々の話を聞くことができるのがいい経験になっているそうだ。「最初は素直に聞けなかったのですが、お年寄りもいろんな事があったんだなあと思うと聞く気持ちと姿勢が違いますね。たくさん話を聞きたいですね。今思えば、私もおととし亡くなった祖父に、もっとたくさん話を聞きたかったですね。
私は社会人になってこういう経験をしましたが、黒川の人たちは小学校に入る前から幅広い世代の人々と一緒に舞台に立ちます。だからお年寄りの話を聞く機会が多いんです。お年寄りを敬う、そういう気持ちが自然に培われているんです。黒川の人たちのすごいと思うところです。家の中だけではそういう気持ちにはなれないですよね。」
能にはストーリーはあるが、その時その時でこういう演出をしたらいいんじゃないかとアイディアを出し合う自由な面もあるそうだ。「能役者には、想像力も必要とされます。伝統は守るだけではなく、創造する作業だと感じますね。もっといいもの、完成度の高いものを能役者たちは目指しています。」
「王祇祭は昔の農家の時代のお祭りで、農閑期も、それ以外の時にも練習しても大丈夫な時代のお祭りだったんですよね。でも今はみんな仕事をしながら伝統を守り続けています。お祭りに関わる人全てが自分の仕事に誇りを持っているのがすごいと思います。」
「氏子さんたちの祈りを神様に届けるのが神職の役割だとすると、能を舞う人、能にかかわる人も神職の役割を担っていると思っているんですよ。」
今後の目標・メッセージ
「神社の人たちや氏子さん、役員さんなどまわりの人に助けられています。できるかぎりそういう気持ちに応えたいです。でしゃばりたくはないですが、[黒川の神主]と言われるようになりたいです。」
昨年12月に結婚した。取材に応じて下さった当日、ご主人が裃を着て、[座入りを乞う儀式](ご主人が難波家に入るための儀式。ご主人は神職ではないとの事。)に臨んだそうだ。裃を着て当屋に上がった凛々しい姿に感動し、思わずカメラのシャッターを押してしまったそうだ。
神職は男性の神聖な世界であってほしいという思いは、今も変わらないそうだ。小さい時は「お祭りの時、男性が能舞台に上がっている時に母親が接客や家事に追われている様子を見て、正直女性はつまらないなあと思っていました。男性に生まれていれば役者もできたのにと思っていました。」
しかし今は考えが変わってきた。「黒川能の舞台は高尚なものと思われがちですが、そうではなく近所のおばあちゃんが見に来て、子供の成長に驚きそして目を細めている、そんな温かい世界なんですよ。」「たとえば子供を生み、その子供が初めて黒川能で大地踏をする時の母親の気持ち、ちゃんとできるか心配で舞台を見ていられないと思うんですよ。」子供の成長に伴う心配や喜びを経験していく。そんな女性たちを見ていて、女性には女性の楽しみがあると理解できるようになった。
今までは自分が表に出ていたが、今後は表に出るご主人をサポートする立場になる。「主人の裏方としての喜びを見つけられたらいいなと思います。これからが楽しみですね。」と嬉しそうに語った。