壽屋寿香蔵 代表取締役
横尾 友栄さん

プロフィール

東根市出身。
漬物の製造・販売を営む家庭の、3人姉妹の長女として生まれる。
大学卒業後、地元の放送局に入社し、アナウンサーとして16年間勤務する。
2008年に家業の有限会社壽屋に入って3年後に代表取締役に就任。
父の昭男氏から受け継がれた食品添加物を一切使用しない安心、安全な商品開発の理念を守り、商品カタログやHP、SNSなどでの情報発信や、漬物講座、ワークショップを開催しながら食文化の継承に力を入れている。
東根市の完熟梅をりんご酢で砂糖漬にした、看板商品の「茜姫」は農林水産大臣賞を受賞。
夫と小学生の娘との3人暮らし。

チャレンジのきっかけ

 小さい時から家を継ぐようにと言われて育った。そうした思いへの反発心もあり、就活段階で家業に関わるという選択肢はなく、大学卒業後は地元の放送局に入り、アナウンサーになった。仕事は楽しく、その間結婚もして充実した生活を送る日々。入社して12年が経った頃、「この先どうするんだ?」と父に言われ、それまで意識していなかった「家を継ぐ」ことの選択を迫られたように感じた。それからは頭の片隅からそのことが離れず、でもすぐに結論が出せるような容易なことではない。「今の仕事に不満はないのに、なぜ悩み続けているんだろう? 新しい道に踏み出したい気持ちがどこかにあるのかもしれない」。もやもやしていた心に刺さったのが知り合いの男性の言った何気ないひとことだった。「これまでいろんな仕事をしてきたことが、今の自分をつくっているし、人生の糧になっている」と。入社してひとつの場所でキャリアを積んでいくことを理想の働き方だと信じていた自分にとって目から鱗が落ちたような思いだった。そういう考え方もあることに初めて気づかされた。

 そして、もう一つきっかけになったことがある。職場には有能な女性が多くいた。マスコミは男性優位な業界であることはわかっていたが、自分自身は差別や男女の扱いの違いを感じるまではなかった。しかし、当時は管理職になるのは男性だけであった。待遇などにも差があることに徐々に気づき始め、同時に「能力のある女性たちが気持ちよく働ける場所があったら」と思うようになった。「家業を継ぐことで、女性の能力を活かした働きやすい職場環境を実現できるかもしれない」、そう思って新しい世界に飛び込む決心をした。

チャレンジの道のり

 いざ家業に関わってみると、思っていたようには簡単にいかないことを実感する。会社は販売を担当する有限会社壽屋と、製造担当の有限会社壽屋漬物道場の2社に分かれ、自分が代表を務めるのは前者で、社員全員が女性である。自分が社員として働いていた時と経営者としての視点が違うことを前提にしても、多くの人は気遣いができてコミュニケーション能力が高く、自分が置かれた状況の中でどう立ち振る舞うべきかを肌で感じながら対応できる。そうした良さを上手く引き出し、伸ばしていければと思っていた。事実、女性社員は能力の高い人ばかり。しかし、“自己主張をしない”という姿勢の社員が多いことにカルチャーショックを受けてしまう。

 作業をするうえで戸惑うことも多かった。看板商品の「茜姫」は父の代で生み出したもの。工場では「茜姫」を一粒一粒袋に詰めて、丁寧に包装していく。すべて手作業で行っている様子を目の当たりにして、「なんでこんなに非効率なことを続けているんだろう」と驚きを隠せなかった。しかし、実はそうではなく、馬鹿が付くほど真面目に、実直に手作業を行っていることに意味がある。ものすごく細かい工程を丁寧にやってこその「茜姫」であり、さらに言えばこうした手作業を受け継いで残していくことに価値があるとようやく気づいた。経営者になって10年、現在は雰囲気も変わってきた。これは社員が変わったのではなく、自分自身が少しずつ歩み寄りながら変わっていったことで改革ができたと思っている。

 

現在の活動内容

 有限会社壽屋では「壽屋寿香蔵」として壽屋漬物道場で製造された商品を販売している。「茜姫」の他に、100%りんご果汁を使用した「本格醸造りんご酢」、山形に伝わる漬物など、食品添加物を一切使用しないことにこだわり続けている。りんご酢は、漬物の保存性を高めるために添加物の入っていない酢を使おうと開発したのがきっかけである。3年以上寝かせた「三年熟成」のりんご酢は健康志向も相まって評判になった。現在は、長いものでは1年半の予約待ちという状況である。

 

 

農林水産大臣賞受賞「茜姫」
100%りんご果汁を使用の「本格醸造りんご酢」

 

 壽屋では販売の他に、りんご酢や漬物のワークショップも行っている。ライフスタイルの変化により、家庭で作って食べるシーンが減少している漬物のワークショップでは手軽な作り方を伝えている。先人たちが考え出した素晴らしい食文化「漬物」。しかし、家族構成の変化や時代の流れによって売り方を変えていかなければならないと肌で感じている。たとえば、たくあんを1本もらってもカットすることが負担に思う人もいる。また、刻んだたくあんであればチャーハンやパスタに混ぜたり、様々なバリエーションが楽しめる。こうした考えから、カットしたものや刻みたくあんの販売も始めた。工場は男社会。初めて刻みたくあんを製造部に要望した時は「なんで刻んで売るの?」という話になった。「じゃあ、誰がたくあんを切るの?」と問い正したこともある。「妻が切るのが当たり前」と考えていた父世代に変わり、簡単に食卓にのせてもらえるように、これまで食事の支度を担ってきた女性の視点で工夫を重ねながら商品の展開を考えている。保存食というより、これからは嗜好品として次世代につないでいくことが大事になってくると思っている。

 2016年には、店舗に隣接した築120年の古民家を活用して「ぬもりカフェ」をオープン。壽屋で製造販売している甘酒やりんご酢などを使用したメニューを中心に提供している (現在はテイクアウトのみ営業中)。

 また、ともに商売について学ぶ仲間である、東根市の「文四郎麩」、大石田町の「最上川千本だんご」と3店連携の周遊企画『ちょい食べ散策』も好評だ。

 

ぬもりカフェ店内

今後の目標・メッセージ

 壽屋では「自社で商品を売る力をつけていく」ことをめざし、限られた量を、限られた売上げの中でやっていくという形を崩さず、本店舗と自社サイトだけで販売している。コロナ禍により大型バスでの観光客が激減している今、スーパーやショッピングサイト、出店にも頼らない販売形態は難しいことも理解しているが、この考え方は変えずに確立していきたい。添加物を入れず、真面目に作っている血と涙の結晶の商品を、納得してもらえる人に食べてほしいという思いと、商品の良さを丁寧に説明し、しっかりと販売していくには自社で完結させたいというのが願いであり、それを全うしていくのが目標。SNSを活用しながら、今後も自分たちの目が届く範囲で販売をしていきたい。

(令和4年8月取材)