古典彫刻家
芦野 和恵さん

プロフィール

東根市出身
東北芸術工科大学卒業
東北芸術工科大学大学院修了
山形仏壇 彫刻部門 伝統工芸士

2008年 山形仏壇の飾り彫刻の仕事を始める
2015年 「山形エクセレントデザイン2015」の奨励企業に選ばれる
2016年 山形県工業技術センターのブラッシュアップスクールに参加
2016年 「インテリアライフスタイルリビング」で「kibori ブローチ」を発表
2017年 「山形エクセレントデザイン2017」で入賞
2018年 「ウッドデザイン賞」奨励賞を受賞
2020年 雑誌『和樂』(小学館)に和樂とのコラボレーション企画「浮世絵ブローチ」が掲載
2021年 山形仏壇彫刻部門の伝統工芸士に認定される

チャレンジのきっかけ

 もともと木と刃物を使う手仕事が好きで、東北芸術工科大学大学院を修了してからも彫刻との関わりは深かった。30代になった頃に山形市の伝統工芸品を見学するツアーに参加したことがきっかけで、仏壇の飾り彫刻をやりたいと思うようになった。しかし、そういった仕事をさせてくれるところがなかったため建具屋に就職した。そこで山形市伝統的工芸品の若手後継者グループ「山形みらいの匠会」に誘われて入会し、山形仏壇を製造・販売している「仏壇のおおつき」の大槻信也社長と出会った。

 試しに仏壇の扉に使う小さな彫り物を模刻して、それを大槻社長に見せると、「彫れるならやってみるといい」と言われた。これが縁で、先人の作品を師匠に「仏壇のおおつき」内で仏壇彫刻の仕事を始めた。

 山形仏壇は江戸時代中期から続く伝統工芸品で、山形県は東北一の仏壇生産地として知られている。木や漆といった天然素材の温もりと荘厳さ、堅牢な作りが山形仏壇の特徴だ。製造の工程は、木造部分を製作する木地(きじ)、仏像を安置する部分の宮殿(くうでん)、欄間や柱に飾りを彫り込んでいく彫刻、木地や彫刻部分に漆を塗る塗装、金属板に模様を表現する金具、豪華な装飾を施す蒔絵(まきえ)、金箔を貼り最後に全てを組み立てる箔押し・仕組、この7つに分かれていて、それぞれの工程を専門の職人が分業して一つの仏壇を作り上げる。 

 2008年に36歳でその彫刻師となり、職人としては遅いスタートだったが、昔は60歳でもハナタレ小僧といわれた世界で、彫刻部門では一番の若手、しかも山形で初の女性仏壇彫刻師だった。

7つの工程を完全分業で作る美しく荘厳な山形仏壇(※)

板状にした木材を糸のこでカットし、彫刻を施していく製作工程を紹介(※)
仏壇に使われる、仕掛かり中の彫刻(※)

チャレンジの道のり

 山形市では毎年、「やまがた伝統的工芸品展」が開催されている。以前は山形市役所に作品が展示されたが、2009年に観光拠点の「山形まるごと館 紅の蔵」がオープンするとこちらに会場が移り、展示だけでなく販売もできるようになった。この伝統的工芸品展に「山形みらいの匠会」の一員として参加していたものの、彫刻した物は仏壇屋さんに卸し、一般のお客さんに販売することはなく、販売する物もなかった。そこで、山形仏壇のことを少しでも知ってもらえるよう、身近に使える小物を作ってみようと考え、鳥や雲など仏壇のモチーフを手彫りして裏側にピンを付け、バッジにして販売していた。

 こうした模索が続く中で、転機になったのは2015年の「山形エクセレントデザイン2015」だった。山形デザインコンペティション実行委員会(事務局:山形県工業技術センター)が隔年で開催しているデザインコンペで、県内で企画・開発・生産されている製品を対象に、優れたデザインの製品を選定し顕彰している。このコンペに、「山形みらいの匠会」の仲間の鍛治職人に声をかけ、コラボレーションした製品を作って応募してみた。長い伝統を受け継ぐ山形打刃物の包丁にあわせて柄(え)に彫刻をつけ、包丁用の鞘(さや)を総彫りで作り、漆を塗って仕上げた作品だった。結果は残念ながら入賞できなかったが、伝統工芸の若手がおもしろいことをやっているということで奨励企業の一つに選ばれ、翌年2016年の山形県工業技術センターのブラッシュアップスクールに参加できることになった。

 このスクールは、「山形エクセレントデザイン2015」の受賞企業と奨励企業が、自社の商品やサービスの改善、魅力の伝え方などについてアドバイスをもらいながら、商品開発を進めていく場だ。ヒアリングの際、試作した仏像や蒔絵などの中から手彫りのバッジが担当者の目に留まり、これを商品としてブラッシュアップしていくことになった。定期的に同センターを訪問してミーティングを行い、彫るデザインのモチーフをどうするか、販売する際のパッケージをどうするかなど課題も多くハードな日々だったが、手応えも感じていた。

 そして2016年11月、スクールに参加している6社が「やまがたのデザイン」として東京ビッグサイトで開かれた国際見本市「インテリアライフスタイルリビング」に初出展した。この時、ブラッシュアップした商品を初めて「kiboriブローチ」という名前で発表した。素材は仏壇彫刻と同じ軽くて白いシナ材で、伝統的に使われる鳥や雲などをモチーフに選び、身につけるのにちょうどいいサイズにした。バイヤーに実際に商品を見てもらいながら説明することに慣れていないので戸惑いも大きかったが、仏壇とアクセサリーという組み合わせの意外性と、素朴で温かみのあるデザインが好評だった。                                             

 その後、「kiboriブローチ」は2017年の「山形エクセレントデザイン2017」で入賞し、2018年には「ウッドデザイン賞」奨励賞を受賞、新たに「kissho」シリーズを発表した。

 

仏壇の飾り彫刻をモチーフにした「kiboriブローチ」の数々


「kiboriブローチ」は素敵なアクセントに

 さらに2019年には、日本美術や日本文化をテーマにした雑誌『和樂』(小学館)に「kiboriブローチ」が掲載された。まだコロナ禍の前で2020年の東京オリンピックに向けて海外からの旅行客も多い頃で、同誌では浮世絵の紹介に力を入れていた。そこで、掲載をきっかけに和樂とのコラボレーション企画でオリジナルの「浮世絵ブローチ」をつくることになった。

 モチーフは葛飾北斎や歌川国芳の浮世絵の中から選び、商品化するまで何度も試作を重ねて6種類のデザインを完成させた。これでまた木彫りのブローチの世界が広がった。

『和樂』とのコラボレーション企画で作った「浮世絵ブローチ」(※)
何種類もの刃物を使い分けて彫る細かい手作業

現在の活動内容

 「kiboriブローチ」が注目され、新聞や雑誌などでも紹介されることが多くなったが、やはり仕事のベースは山形仏壇の彫刻製作だ。彫刻の実務経験が12年以上になり伝統工芸士の受験資格を得られたので、2020年度には認定試験にチャレンジし合格した。山形仏壇の彫刻部門では初めての伝統工芸士で、全ての部門でも女性ではただ一人だ。

 伝統産業は後継者不足が深刻な問題で、山形仏壇も例外ではない。地元でもあまり知られていないが、山形仏壇は国の伝統的工芸品に指定されている。しかし、7つの全ての部門で製造を行う職人がいなければ指定の要件を満たせず、「伝統マーク」は外さなければならない。現在はどの部門も職人が高齢化し、後継者を育てる時間的な余裕もないため、何とか伝統技術を受け継いでいかなければならないと考え、昨年まで2年間、蒔絵を習い、今年は金具の技術を習っているところだ。

 また、「kiboriブローチ」を作るようになってから一般のお客さんとも接する機会ができたので、山形仏壇を広く知ってもらいたいと「やまがた伝統的工芸品展」の実演体験会など、イベントにも積極的に参加している。山形市伝統的工芸品まつりの「職人と学生の交流事業」では、東北芸術工科大学のプロダクトデザイン学科の学生と連携して新しい工芸品の開発にも取り組んだ。

 息子がまだ小学5年生で、学童クラブやスポーツ少年団の送り迎えもあり忙しい毎日だが、こうした活動を通して、一つ一つ手間暇を惜しまず時間をかけて丁寧に作っている山形仏壇の魅力や職人の技術を一人でも多くの人に伝えていきたいと思っている。

今後の目標・メッセージ

 「kiboriブローチ」では、仏壇のイメージとは違ったお花や昆虫のシリーズなど新しいデザインを考え、素材もカツラやヒノキなど種類の違う木で彫ってバリエーションを増やしていくつもりだ。

 仏壇では、彫刻のほかの部門の技術も習得して、7つの工程すべてを一人で手がけた仏壇を作ってみたい。山形仏壇の伝統と技術を受け継ぎつつ、今の住まいに合う現代的でおしゃれな仏壇を作ることで、山形仏壇の価値を再発見してもらえるのではないかと考えている。

 もう一つは、仏壇の新しい飾り彫刻を彫ることだ。江戸時代の末期から明治にかけて活躍した彫物の名匠・石川雲蝶が手がけた社寺建築を実際に見たくて、新潟まで出かけたことがある。「素晴らしい!」の一言で、中でも欄間の透かし彫りは見事だった。そうした先人が残してくれた作品の中から仏壇に使えそうなモチーフを彫刻のデザインに取り入れ、自分なりにアレンジして新しい飾り彫刻を作りたいと思っている。

 時代の変化とともに仏壇の需要は年々減少し、職人の数も減っている。50歳を過ぎても彫刻部門では一番の若手という厳しい現状で、このままでは山形仏壇の伝統が途絶えてしまうのではないかという強い危機感を持っている。さまざまな機会を通して山形仏壇の魅力を伝え、何とか伝統をつないでいきたい。


「kiboriブローチ」の製作風景(※)

(令和5年2月取材/写真提供 : 山形県工業技術センター〈※印の写真を除く〉)