一般社団法人terra代表理事・tsunagu(つなぐ)代表
工藤 美季さん

プロフィール

1969年     天童市生まれ、天童市在住。

1992年     山形大学教育学部を卒業し小学校の教員になる。

2021年     ホワイトボード・ミーティング®認定講師の資格を取得。 

2021年3月 小学校教員として29年間勤務後、早期退職。

2021年4月 個人事業「tsunagu(つなぐ)」を立ち上げる。

2022年10月 「一般社団法人terra(テラ)」を設立。

・ホワイトボード・ミーティング®認定講師 ※ホワイトボード・ミーティング®は登録商標
・教育コンサルタント
・不登校訪問支援カウンセラー

【個人事業「tsunagu」の主な活動】

・ファシリテーション(ホワイトボード・ミーティング®)を活用した各種セミナー開催、企業・学校・自治体などでの研修講師

【「一般社団法人terra」の主な活動】

・フルイドスクールterra/週2回利用・週3回利用・単発利用
・放課後いばしょ/月曜~金曜日(基本)学校終了から18時
・相談事業/保護者相談・訪問支援
・Terra-koya for teachers/第3金曜日(基本)

チャレンジのきっかけ

 小学校で勤務していた頃、教員を定年まで続けるという気持ちと、続けないかもしれないという気持ちが混在していた。そして、担任を持つ体力に自信が持てなくなった時にどうしようかと考えることがあり、40代半ばからは、人生の節目は自分でつくっていきたいと思うようになった。その後、特別支援学校に勤務していた時に初めて「ファシリテーション」という言葉を知った。同僚が「これからは先生もファシリテーターにならなければいけない」と話していたが、当時は「ファシリテーター? 何それ?」と、よくわからなかった。

 特別支援学校に4年間勤務したあと小学校の普通学級の担任に戻り、これまでの経験をもとに学級経営や授業を行っていた。特に大きな問題があったわけではないが、何となく子どもたちと歯車がかみ合わないような感覚になることがあった。何が違うのか、どうすればこの感覚が変わるのかといろいろ悩んでいた時に「ファシリテーション」という言葉と再会した。それが、ファシリテーションの手法の一つであるホワイトボード・ミーティング®だった。内容はわからなかったが書籍で名前は聞いたことがあり、山形で勉強会があることを友人から聞いて思い切って参加した。

 ホワイトボード・ミーティング®は、会議などの進行役(ファシリテーター)が参加者全員の意見を聞き、それをホワイトボードに書いて可視化しながら進め、効率的な話し合いを促す手法で、学んでみると多くの気づきがあった。一番大きかったのは、子どもたちと歯車がかみ合わないと感じたのは子どもの話を自分の予想のレール上で聞いていたことが原因だと気づいたことで、「相手の話を聞く」ことを改めて考えるきっかけになった。ファシリテーションをもっと学びたい、そんな思いで勉強会やセミナーに参加を続けた。  

チャレンジの道のり

 ファシリテーションをこれからの自分の仕事としてやっていきたい、多くの人がファシリテーションのスキルを身につけていけるような学びの場を地域で展開していきたい、という思いが強くなり、ホワイトボード・ミーティング®認定講師の資格を取って、51歳の時に小学校教員を退職した。
 退職後は“ひと・学び・ちいきをつなぐ”という思いを持って、個人事業で「tsunagu」を立ち上げ、ファシリテーションの研修講師として活動を始めた。また、福岡のフリースクールからの依頼でオンラインコースを手伝いながら、天童市内の小学校で時間講師もしていた。その頃、身近にいる学校に行かない選択をしているお子さんと偶然出会った。彼女がたまたま参加してくれたホワイトボード・ミーティング®の気軽な勉強会の中で「心の体力」の話をした時、ボソッと自分のことを語ったのがきっかけだった。こちらがフリースクールに関わっていることを話すと興味を持ってくれたので、自宅で彼女との対話や学びの場をスタートすることになった。それがフリースクール運営の第一歩だった。

 山形県のフリースクールの状況を調べてみると、天童市周辺にはなかった。一方で、学校に関わっていたため不登校の子どもたちの数が増えている現状は知っていたので、フリースクールの必要性を実感した。そこで2021年に、「tsunagu」のフリースクール部門として、天童市内に一軒家を借り、学校に行きづらさを抱える子どもたちの学びの場「フリースクールterra」をスタートした。
 実際に活動すると、さまざまな団体がNPO法人や社団法人の形になっていることがよくわかってきた。学校の中にいては見えない部分だった。そこで、活動をより知ってもらうために、昨年10月に「一般社団法人terra」を設立し、子どものサポートにかかわる事業を移行した。

 さらに、フリースクールをよりフレキシブルな学びの場にしたいと考え、今年4月から“もう一つの学びの場・居場所”として「フルイドスクールterra」という名称に変えた。フリースクールは、どうしても不登校の子や集団行動ができない子が行く場所というマイナスのイメージがある。それを変えたかった。子どもの学びの場も、もっと流動的でフレキシブルでいいのではないだろうか。そうした思いを込めて、「流体」の意味を持つFLUID(フルイド)から名付けた。確かに「フリースクールterra」に来る子どもは不登校の子が中心だった。だが、普段は学校に行っていても「今日は行きたくない」という時に来られる場所になっていけばと考えた。完全な不登校や引きこもりになる前に、一度立ち止まって充電できるような場所が「フルイドスクールterra」だ。
 また、ファシリテーション研修やセミナー、ワークショップ、自治体や企業、学校の研修などは、個人事業の「tsunagu」で行い、それぞれの活動の内容を明確にした。

現在の活動内容

 法人の「terra」では、一人ひとりの可能性が未来に伸びていくように多様な学びの場を提案している。2023年にクラウドファンディングに挑戦して成功し、居場所の整備を進めた。
 「フルイドスクールterra」は、「生活そのものが学び。自分にフィットした学びを選ぶ・学びをつくる。変化自在に遊びを学びを選ぶことを楽しむ」ことを大切にしている。基本的なプログラムはあるが、その日の予定は自分で決める。また、毎月2~3回ゲストティーチャーを招いてのテーマ学習が人気だ。お花のアレンジ、未来地図づくり、浴衣の着付け体験、モンテディオ山形の選手のお話会など、子どもたちはさまざまなプログラムを楽しみにしている。キーワードは「自己選択・自己決定」なので、自分で学びたいものを選び、もちろん選ばない自由もある。

クラウドファンディングの応援で製作した「フルイドスクールterra」の看板
浴衣の着付け体験会

 
それぞれの時間を過ごす子供たち

 

 2023年の夏は、「terraサマーフェスティバル」を3日間開いた。子どもたちは屋台でピザやカレーをつくり、必要な材料は何か、それぞれどれくらいの分量か、調理する手順はどうするかなど、子どもたちは自分たちで考え話し合って準備を進めた。全てが学びにつながっていると思っている。
 他に、親御さんから不登校に限らず子育てに関わる相談を受ける相談事業、学校の先生のための個人セッションを行う「Terra-koya for teachers」、子どもたちが学校終了後に豊かな時間を過ごせる「放課後いばしょ」の活動に取り組んでいる。

 個人事業の「tsunagu」では自治体、企業、学校など多分野から研修講師の依頼が届き始めている。良好なコミュニケーションを育み、ファシリテーションのある組織、学びづくりが意識され始め、必要とされていると感じている。また、職種も年齢も超えて一緒に学ぶ楽しさを共有したいと思い、独自に「tsunaguセミナー」を企画・主催している。外部から講師を招き、「アンコンシャス・バイアスについて考える」「本の読み方を楽しむ」など、さまざまなテーマについてワークショップ形式で行う大人の学びの場だ。

「terraサマーフェスティバル」のチラシづくり
さくらんぼの仕分け作業とパック詰めを体験

今後の目標・メッセージ

 子どもが子どもらしく自己選択・自己決定できる学びを大事にし、保護者や社会がそれを応援する風土をつくりたい。そうなることが多様性を認める社会につながっていくと思う。 また、「フルイドスクールterra」のようなフリースクールが社会的に認められ、学校と連携して、もっと流動的に、子どもがのびのびと育つ環境を一緒につくっていきたいと考えている。その第一段階として不登校・発達障害という見方・偏見を地域社会から少しずつ変えていきたい。

 ある時、ある子どもが、「ここに来てやっと笑えるようになった」とポツンと言った。そう言ってくれる子が1人でも2人でも増えてくれればいいと思っている。天童市内には約100人の不登校の子がいる。もちろん、その子どもたち全員を救うことはできないが、何人かでも「フルイドスクールterra」に足を運んでくれて、笑顔を取り戻してほしい。

 活動のベースとなっているファシリテーションをより多くの人に伝えていくことも今後の目標だ。ファシリテーションは良好なコミュニケーションを育むスキルで、学校や自治体、企業など、さまざまな組織で活用できる。ファシリテーターの役割は、質問を通して相手の話を過不足なく聞き、相手も話したいことを話せ、参加者が「腹落ち」して合意形成や課題解決がスムーズになるプロセスをつくること。誰もがそうしたスキルを持つことで、効率的な会議や話し合い、授業づくりができることを伝えていきたい。

ボランティア・スタッフとして活動を支える長女のかえでさんと
(令和5年7月取材)