学びの場づくりNPO「よりみち文庫」共同代表
女性応援NPO「Sisterhood(シスターフッド)」事務局長
滝口 克典さん
チャレンジ分野:

プロフィール

1973年 東根市生まれ、山形市在住
1996年 山形大学人文学部(歴史学)卒業
1999年 山形大学大学院社会文化システム研究科(歴史学)修了
2021年 東北公益文科大学大学院公益学研究科博士課程(公益学)単位取得退学
2023年 山形県男女共同参画センター・チェリア「やまがた緑塾」講師

【主な活動】
2001年~2002年 不登校支援NPO「フリースペースSORA」代表
2003年~2019年 若者支援NPO「ぷらっとほーむ」共同代表
2019年~     学びの場づくりNPO「よりみち文庫」共同代表
2020年~     一般社団法人若者協同実践全国フォーラム(JYCフォーラム)理事
2022年~     女性応援NPO「Sisterhood(シスターフッド)」事務局長

山形大学大学院を修了後、講師として県立高校に2年間勤務。その後、NPOや市民活動をとおして子どもや若者の居場所づくりなどに取り組む。
現在は学びの場づくりや女性応援の分野を中心に活動している。
2019年からは、県内外9校の大学と看護学校で、専業非常勤講師として社会学や社会教育などを教えている。

【著作】
『〈場〉のちから 多文化ヤマガタ探訪記 2020ー2023』(よりみち文庫、2023年)
『〈生きづらさ〉の理由(やまがた発)社会問題と市民活動の社会学』(よりみち文庫、2023年)
『〈地方〉の思考 多文化ヤマガタ探訪記 2018ー2020』(よりみち文庫、2021年)
『若者たちはヤマガタで何を企てているのか?  ポスト3.11の小さな革命者たちの記録』(書肆犀、2018年)
『山形国際ドキュメンタリー映画祭フィルムライブラリーセレクション第1集 現代日本・若者たちの肖像』(山形大学出版会、2009年)

チャレンジのきっかけ

 大学院を修了し高校の社会科の講師になったが、教育の現場に違和感をおぼえて2年で退職した。その頃、たまたま目に留まった新聞記事で山形県に不登校親の会のネットワークができ、不登校の子どもたちのための、家でも学校でもない「第三の居場所づくり」を始めたということを知った。今から20年以上も前のことで、不登校の子は「怠けている」といった目で見られるなど、山形市内にはまだ民間支援の場がない時代だった。そうした中でスタートした「居場所づくり」の活動に興味を持ち、親の会がつくるフリースペースの立ち上げに関わるようになった。最初は事務局として運営のサポート役をしていたが、いよいよフリースペースを立ち上げるという時になって代表を務める予定だった人がやめてしまい、やむなく代表を引き受けることになった。

 当時は、不登校に理解を示す人からでさえ山形では無理だと言われたが、隣県の先輩方から「子どもたちが20人くらいは来るから、それで学習塾スタイルで経営していけるよ」と言われ、2001年に「フリースペースSORA」を開いた。しかし、実際に始めてみると、子どもたちは全く来なかった。周りの人に不登校だと知られたくないというのがその理由だった。

 その後2年間、予備校の講師や家庭教師をしながらボランタリーに活動を続けたが、子どもが増える見込みはなかった。この先どうしたらいいか思いあぐねていた時、子どもたちは来ないがサポートしたいというボランティア志望の若い人や大人がフリースペースに来ていることに気づいた。その中には、引きこもりなど社会とのつながりが薄く、孤立しがちな人たちもいた。

 居場所がないのは不登校の子だけではなかったことに気づき、それなら「若者の居場所」という形で、誰でも来たい時に来て交流できる場所をつくろうと考えた。そこで、「フリースペースSORA」の運営に一緒に携わっていた松井愛さんと共同で、2003年に若者支援NPO「ぷらっとほーむ」を立ち上げた。

チャレンジの道のり

 孤立しがちな子どもや若者がともにつながり、学びあえるような環境をつくるというミッションでスタートした「ぷらっとほーむ」は、次第に10代から50代まで、さまざまな年代の人が集う場になった。しかし、「不登校経験のない自分には直接的な支援に関わる資格がなく、自分を出してはいけない」という思いがあったため、寄付金や助成金といった運営資金に関する書類作成などの裏方の仕事に徹し、基本的に子どもたちや若者と直接関わるのは不登校経験をもつ松井さんだった。

 設立から3年ほど経った頃に転機が訪れた。山形で開かれた「若者の居場所」をテーマにしたシンポジウムに、「ぷらっとほーむ」に来ている子どもや若者たちと一緒に参加したときのことだった。パネルディスカッション後の質疑応答で、一緒に参加していた女子中学生が手を挙げ、ステージ上の専門家の先生方に対して堂々と自分の意見を述べて質問したのだ。その姿を見て「自分を隠さず、自分自身を出して向き合わなければ、この子たちに失礼になる」と目が覚めた思いがした。

 この出来事が大きな転換点となり、自分が「ぷらっとほーむ」以外でやっていることを「ぷらっとほーむ」の活動に持ち込むようになった。ちょうど社会学をきちんと学ぶため東北公益文科大学と同大学院に通っていた頃だったので、大学の授業やゼミで聞いた話題を提供したり、学生たちのゼミ合宿に「ぷらっとほーむ」の若者たちと一緒に参加したりした。取材の仕事で自分がおもしろいと感じた所に一緒に出かけることもあった。活動の幅が広がるにつれ、「ぷらっとほーむ」は子どもや若者の居場所づくり・学びの場づくりを軸に、他ではできないような体験ができる場、地域の人たちとさまざまな連携をしながら価値観や文化をつくっていく場になっていった。 

 こうして活動内容が広がり事業規模が大きくなる一方、自分も共同代表の松井さんもそれぞれ家族ができ、生活や活動のかたちが変わる時期を迎えていた。そのため、2019年8月に団体を解散することを決断した。しかし「ぷらっとほーむ」がこれまで担ってきた活動を放り出すわけにはいかないので、解散後はスタッフがそれぞれ担当してきた活動を引き継ぐことにした。不登校支援や子どもの貧困対策などをおこなう「クローバーの会@やまがた」、居場所づくりや多様性支援に取り組む「ぷらいず」、そして学びの場づくりに重点を置く「よりみち文庫」の3団体だ。活動を分散したことで発展的に広がり、現在はそれぞれの特徴をより生かした活動になったと思っている。

現在の活動内容

 現在、市民活動としては学びの場づくりNPO「よりみち文庫」の共同代表と女性支援NPO「Sisterhood(シスターフッド)」の事務局長を務めている。また2019年に立ち上げた「よりみち文庫」は、自分が「ぷらっとほーむ」で取り組んできた学びの場づくりというテーマを継承し、発展させた団体だ。職場や学校と家の往復だけで終わらず、山形の人々が地域で自由に楽しく暮らせるよう、多様な文化や知識に触れたり学んだりできる機会や環境をつくり出していこうという思いで始めた。学生や会社員、主婦、自営業などさまざまな人が集い、お互いに学びあう場をつくりたいと考えている。

 毎月『よりみち通信』を発行し、いろいろなテーマで本を読んで語りあう読書会やNPO入門ゼミなどの講座を定期的に開いている。ブックカウンセリングなどの活動もスタートした。しかしその矢先、コロナ禍のため対面での集まりができなくなってしまった。3年ほどオンラインで地道に活動を続け、ようやくコロナ禍も落ち着いた2023年から「ためし読み読書会」を再開した。

 「Sisterhood」は、「よりみち文庫」の共同代表でもある小笠原千秋さんが2022年4月に立ち上げた団体で、女性の居場所づくりや家庭支援、終活支援などをおこなう。「ジェンダー不平等のもとで生きづらさを抱える女性たちとつながり、そのニーズに応えながらエンパワーメント(※)をおこない、ジェンダー規範にとらわれず自由に安全に生きられる社会にしていきたい」という思いに共鳴し、事務局として活動をサポートしている。
(※)「力をつける」「自信を与える」という意味。

「Sisterhood」主催の講座の一コマ

 

 また活動の一つとして、2023年10月から「ジェンダーもやもや女子会」をスタートした。たとえば「夫も私も働いているのに、子どもが熱を出すとなんで私にだけ連絡が来るんだろう…」、そんな小さなもやもやを安心して話せる居場所だ。大きな問題も最初は小さい。それを自分だけで抱えたままにしていると蓄積して膨らみ、大きくなる。だから、小さなことを気軽に話せる場をいろいろな形でつくっていく活動を、裏方として支えていきたいと考えている。

 執筆活動も続けており、2023年5月には、講師を務める大学や看護学校の講義で話している内容を中心にまとめた『〈生きづらさ〉の理由(やまがた発)社会問題と市民活動の社会学』を出版した。現代の日本で生じている地方衰退、原発避難、マイノリティ差別、引きこもり、子どもの貧困など13の社会問題を取り上げ、それらの実態と背景を解説し、それらの解決のために山形でどんな取り組みがなされているのかを紹介しているもので、社会問題・市民活動・社会学の入門書として一般の人も読みやすい本にしている。

 また、山形新聞に連載している「多文化ヤマガタ探訪記」の2020年11月から2023年6月までに掲載されたものを書籍化した『〈場〉のちから 多文化ヤマガタ探訪記 2020ー2023』を11月に刊行。2021年に出版した『〈地方〉の思考 多文化ヤマガタ探訪記 2018ー2020』の続編で、山形県内各地で取り組まれた30の社会文化実践の現場をレポートしており、コロナ禍の中でもさまざまな活動が継続されていたことの記録になっている。

『〈生きづらさ〉の理由(やまがた発)社会問題と市民活動の社会学』
『〈場〉のちから 多文化ヤマガタ探訪記 2020ー2023』

今後の目標・メッセージ

 「よりみち文庫」の拠点をつくりたいと考えている。そこに行けば誰かがいて、集まれる場があることで蓄積されていくものがあると感じているためだ。

 また、最初にフリースペースの立ち上げに関わった時に周りから「不登校の当事者ではないのに、なぜお前がやらなければならないのか」と言われた。しかし、今の社会では当事者が声を上げられないことは多い。だからこそ、当事者でなくても理不尽なことやおかしいことに対して「それはおかしい」と言える社会にしていきたい。そのために何かやっていこうという人を、市民活動とその中間支援をとおして地域で1人でも多く増やしていきたいと思っている。

「よりみち文庫」の活動で
マルシェに出店
(令和5年10月取材)