有限会社タケダワイナリー 代表取締役社長
岸平典子さん

プロフィール

平成 2年 ワイン研修のため、4年間渡仏

平成 6年 帰国、有限会社タケダワイナリーのセラーマスターに就任

平成12年 取締役専務兼栽培・醸造責任者に就任

平成17年 現職に就任

業界初の、女性の栽培・醸造責任者兼代表取締役社長となる。山形県若手葡萄酒産地研究会会長。著書(寄稿)に「翔べ 日本のワイン」(料理王国社)

チャレンジのきっかけ

「両親がワインを楽しみながら作っている姿を見て、子どもながらに『ワイン作りはきっと楽しい仕事なんだろうな』と思っていました。食卓はいつもワインの話で盛り上がり、時には家族みんなでテイスティングしたりして、小さい頃からワインはおいしいものと思って育ってきました」と話す、有限会社タケダワイナリー5代目社長の岸平典子さん。幼いころからワインに親しんできた岸平さんは、ごく自然に家業であるワイン製造の道に進んだ。
岸平さんは高校を卒業後、玉川大学農学部農芸化学科へ進学し微生物について研究する。卒業後は4年間ワイン研修のためフランスに渡り、帰国後次期社長となる兄・伸一さんのもとでセラーマスター(醸造責任者)としてタケダワイナリーを支えた。しかし平成11年、信頼していた兄・伸一さんが不慮の事故で突然他界してしまう。最愛の家族を失った岸平さんの心の痛手の大きさは計り知れない。だがそんな中でも、畑ではブドウが日々成長し蔵の中でワインは熟成されていく。心の傷が癒えるのを待ってはくれないのだ。前進するしかない。岸平さんは兄の意思を継ぐべくタケダワイナリー取締役専務 兼 栽培・醸造責任者に就任。平成17年には、現職の5代目代表取締役社長に就任した。

チャレンジの道のり

4年間のフランスでの研修で、ワイン醸造の技術だけでなく、フランスのワイン職人らに受け継がれる精神をも学んだという岸平さん。「フランスのワイン職人の基本は“歴史に身を沈める”こと。もちろん時には革新的なことにもチャレンジしますが、あくまで自分はワインの歴史を積み重ねていく一端にすぎないことをあえて誇りとし、伝統を重んじます。そのいい例が、ラベルです。フランスの老舗は決して伝統のラベルを変えない。守り続けることが最高の誇りなのです」。
とかく日本の企業は“新しいもの”にこだわりすぎる嫌いがある。代替わりすれば社名ロゴを変え、数年経つとパッケージデザインを変え…。それはそれで効果的ではあるが、世間がなじむ暇なくコロコロ変わるのはブランディングとしてはどうだろうか。以前は自社のパッケージを変えたくて仕方なかったという岸平さん。「フランスで得た技術を生かしてワインの製法を少し変えたんです。すると、ワインの味が格段に良くなりました。それをアピールしたくてラベルを変えたかった。でもある時、ワイン界で著名な方に『ラベルを変えてはダメだ。きっと20年後、あの時ラベルを変えなくてよかったと思えるから』と言われたんです」。自分の欲望を抑え、ラベルを変えなかった。するとほどなくして、ワインライターが次々と同社のワインの質が良くなったと記事で取り上げてくれたという。それを受け、ワイン愛好家たちは迷うことなくなじみのラベルを手に取り、生まれ変わった「蔵王スター」を味わった。この時岸平さんは、フランスのワイン職人たちがラベルを守り続ける意味が実感できたという。
ラベルは守り続けるが、中身のワインは毎年違う。「年によって、ブドウの出来も気候もぜんぜん違います。その中でより質の高いおいしいワインを作るために、製法を毎年微妙に調整し、そのため味も違ってきます」。いわゆる“ビンテージ”、ワインの最大の魅力だ。伝統を守りながら一方で毎年新しいことにチャレンジする。一見相反しているが、それがワイン作りの本来の姿なのだ。

ワイン好きにはよく知られた「蔵王スター」(写真右)をはじめとするタケダワイナリーの主力商品。写真左が、洞爺湖サミットの晩餐会にも出された「キュベ・ヨシコ」。
モーターや自動車が通る振動でも味に変化が出てしまう繊細なワイン。同社ではそれら振動の影響がなく年間を通して気温が一定に保たれる地下大セラーで製品を貯蔵している。

現在の活動内容

「ワイナリー」とは一般的にワイン醸造所を指すが、フランスでは本来、栽培から醸造、販売までを一貫して行っている醸造所に限って使われる言葉だ。タケダワイナリーはまさに「ワイナリー」の条件にぴったり当てはまる。
同社の裏手にある山の斜面に約15ヘクタールのブドウ畑が広がり、現場担当の社員7人が原料となるブドウを育てている。「ワインは土地の個性が味に表れやすいといわれています。体内に入るものだから安全性にもこだわりたい。だから化学肥料や除草剤を使わず雑草と共生させ、極力オーガニックに近い形で栽培しています」。だから毎日の見回りが欠かせない。病気が発生しても最初に手を打てば無駄に農薬を使わずに済むからだ。秋になると、畑に出ていた社員はみな醸造工場に移動、いよいよワインの仕込みが始まる。
「一般の会社にありがちな、“現場vs事務”“畑vs工場”という対立はワイン作りに不毛なだけ。私たちは工場も畑も分けることなく、みんなで育てみんなで作り、みんなで売ってみんなで責任を持っています。タケダワイナリーというチームなんです」。パートを含む従業員数が13人の同社。たった13人とはいえ全員の気持ちが1つになるということは、普通なら難しいことだ。でも、同社ではそれを難なくクリアしている。「山形県の県民性でしょうか、四季も食べ物も豊かな土地だから、人々の心に余裕があるんです。ギスギスしていない。だから気持ちを1つにできるのかもしれませんね」と岸平さん。タケダワイナリーの名のもとに集まった13人が土地を守り作ったワインは、山形そのものの味なのかもしれない。

今後の目標・メッセージ

同社は、シャンパーニュ専用品種・シャルドネを原料に国内で初めて本格スパークリングワインの醸造に成功。それが、平成20年洞爺湖サミットの晩餐会のテーブルに上った「キュベ・ヨシコ」だ。この背景には、“ワイン作りに畑ありき”とする同社の信念がある。「畑でいいシャルドネを作ることができたから、『キュベ・ヨシコ』を作ることができたんです」。国内では、山形のワイン生産量は山梨や長野に押されがちだが、生育環境からみても質には自信があるという。それは過去の受賞歴等を見ても歴然としている。そう話す岸平さん自身、業界では初の女性の栽培・醸造責任者兼代表取締役社長だ。
しかしそれら偉業もワインの前においては歴史の1つに過ぎない。アイテム数増やしたりパッケージを変えたりという小手先の仕事はせず、真摯にワインと向き合い、伝統を守り、毎年質の高いものを作り出す。これがこれからの岸平さん、そしてタケダワイナリーの大切な仕事だ。

(平成20年7月取材)