tree絵本プロジェクト代表
金田江里子さん
チャレンジ分野:

プロフィール

平成 2年 子育ての傍ら、地元のデザイン会社に勤務

平成13年 個人事業主として広告デザイン業を始める

平成15年 「コミュニケーション絵本」を自費出版

平成16年 神奈川リハビリテーション支援センター福祉機器用品の評価モニター商品に採択される

平成17年 山形県経営革新補助事業に認定。「コミュニケーション絵本」改訂版を発表

平成18年 山形エクセレントデザイン 奨励賞 受賞

平成19年 「コミュニケーション絵本」第2弾 アクティブ編を製作・発表

チャレンジのきっかけ

言葉の壁を乗り越えてコミュニケーションが取れる「コミュニケーション絵本」。障がいのため話すことが苦手な人たちが、イラストとキーワードを指差すことで意思を伝達できる会話型絵本だ。
製作者である金田江里子さんは、結婚前から勉強していた商業デザインと、結婚後勤務したデザイン会社で得たノウハウを生かし、個人事業主として広告デザインの仕事をしていた一主婦。医療福祉は縁遠い世界だった。そんな金田さんが福祉用具を手がけたきっかけは、叔父が舌癌を患ったことだった。
病院の看護師がダンボールの裏に、身体のイラストと「痛い」「かゆい」などの手書き文字が書いてあるボードを作っていた。例えば部位と「痛い」の文字の2箇所を指差すだけで、簡単に意思が伝えられるもの。さらに金田さんは、言葉が不自由になった叔父のため、ボート上の50音を指差すだけで意思が伝えられる「あいうえおボード」を作成。しかしそれらはほとんど利用することなく、叔父は永眠。「もっと早くわかり易いボードを作ってあげればって後悔しましたね」と金田さん。
「海外旅行者向けに、絵を指差して現地の人とコミュニケーションをとる「会話帳」というものがあります。それと同じように、「痛い」「かゆい」だけじゃなく、いろいろなシーンを想定した会話帳があれば、話すことが難しい身障者との間でも使えるのではないかって思ったんです」。

チャレンジの道のり

金田さんはさっそく「コミュニケーション絵本」の制作に取りかかった。叔父の介護の経験を元に必要と思われる要素を取り入れ、自費出版という形で完成させた。「でも、絵本を評価してくれる人をなかなか見つけられなくて…。山形県内だとどこへ行っても知り合いにたどり着いてしまいますし、いいものに仕上げる ためにも完全に客観的な意見が欲しかったんです」。
そんな折、東京で開催された国際福祉機器展を見学中、神奈川県リハビリテーション支援センターが主催する「福祉機器評価モニター事業」の存在を知る。「神奈川県以外の事業者でもコンペに参加できるということで、早速応募しました」。大手メーカーの車椅子やデジタル商品などと並んで、手作り感あふれる本をプレゼンテーションをする金田さん。「すると、ロボット工学の分野で有名な大学教授が高く評価してくださったんです。『すばらしい、今すぐその本を買いたい』って、ポケットからお金まで出して…」。たった一人で手探り状態で作った作品が、第三者によって初めて評価された瞬間だった。 コンペは無事通過、同センターでモニタリングが始まった。大学教授からは高く評価してもらった「コミュニケーション絵本」も、福祉の現場や専門家の評価はさんざんだった。「例えば、『いたい』『さむい』といった平仮名表記がわかりにくいと言われました。万人がわかるようにと平仮名にしたんですが、これは健常者の思い込み。実は漢字は読むというより絵として認識するため、特に日本人は『痛』とした方が直感的にわかるそうなんです」。これは、失語症の方が通うことばの教室にボランティアで何度か通ってわかったこと。現場の声はそのまま改訂版に反映していった。
自身の勉強不足を補い基礎知識習得のため、福祉用具専門相談員の資格も取得。遠方で開催されるイベントにも積極的に参加し、人脈を広げていった。少しずつ手ごたえを感じ始めた金田さんは、初版の問題点をふまえ改訂版の制作に動き始める。あらたに山形県経営革新補助事業にも採択されることになり、その助成金を改訂版制作 にあてることができた。
「とある方から、『なぜ経済産業省が定める絵記号を使わず、独自のイラストや顔文字を使うのか?』と質問されたことがあります。でも、実際困っている方が使いやすいと感じるのは、整然としたピクトグラムよりわかりやすいイラストの方じゃないかと思ったんです」。金田さんはあくまで現場の声を尊重、障がい者の目線で使いやすいと感じるものにこだわった。

イラストや単語を指差すだけで会話ができる「コミュニケーション絵本」。すぐに消せる水性ペンで自由に書くこともできる。
水に強く、また水に浮くくらい軽いため、お風呂でも使えると好評だ。消毒スプレーなどで常に清潔に保てる点も、福祉の現場では評価されている。

現在の活動内容

自分が困ったからという現場発想で作ったコミュニケーション絵本は少しずつ注目を集め、今では全国から問い合わせがあるという。
当初金田さんは、高齢者や脳疾患による会話障がい者が周囲と会話するために使うものと想定していたが、実際は養護学校からの注文が多いのだとか。生まれつき上手に話せない子どもたちや身障者だけでなく、発達障がい児や自閉症など意思表示がうまくできない子どもたちや、その家族たちにも利用されているようだ。
「元々個人事業主ということで社会的信用がなかなか得られず、資金集めが難しかったり話が進まないこともありました。活動内容が理解されず、初版が売れず困ったこともありましたね」。たった一人での活動、首都圏での孤独な営業・・・でもその周りには金田さんに賛同し、支援・協力する人が自然と集まってきた。現在、「コミュニケーション絵本」は、地元NPO「夢創工房」と失語症の方が通う東京の作業所「ゆずりは」が販売活動に協力しているという。

今後の目標・メッセージ

介護は大変だというマイナスイメージがある。しかし、意思疎通ができるだけでずっと負担とストレスは軽減する。さらに医療事故も軽減するはず。「介護する側が、コミュニケーションをとることをあきらめないでほしい。本当のメッセージを聞き出してほしいですね。」その手助けとなるツールが、コミュニケーション絵本なのだ。 あくまでアナログにこだわるという金田さん。「福祉の分野ではロボットやデジタル商品が開発されています。もちろん効果があるものもたくさんあります。でも、それらはまだまだ健常者目線で作られているものが多いと思います。会話障がいのある人やその周りの人には、高額な機械よりも『コミュニケーション絵本』のような単純なものの方がずっと使いやすいと感じる方も多いようなんです。コミュニケーションはいつの時代も人対人。だからこれからも人間らしい温かさを忘れずに、アナログにこだわっていきたいんです」。 障がいのある人は世界中にいる。つまりこういうコミュニケーションツールを求めている人が世界中にいるということだ。「将来は外国語バージョンも作って、『コミュニケーション絵本』を世の中に広めたいですね」。

(平成20年7月取材)