最上峡芭蕉ライン観光株式会社 船頭
中鉢春美さん

プロフィール

平成 7年 最上峡芭蕉ライン観光株式会社でアルバイトを開始

平成 9年 同社に正社員として採用され、本社売店に勤務する

平成11年 約2ヵ月の研修を経て、同社初の女性船頭としてデビュー

チャレンジのきっかけ

「平成11年の新年会の席でのことです。上司から『今度女性の船頭をデビューさせようと思うんだけど、中鉢さんもやってみないか?』って言われたんです。お酒も入っていたんで、ノリで『はい、やってみたいです!』って即答して…(笑)」。
平成11年12月、JR山形新幹線が新庄まで延伸。それに先立ち、最上峡芭蕉ライン観光(株)では同年4月、観光の目玉にと女性船頭をデビューさせることになったという。当初、ガイド経験が豊富な元バスガイドらを予定していたというが、船の上という難しい場所での仕事のためなかなか決まらず、同社の売店で働いていた中鉢さんに白羽の矢が立った。普段から、男性船頭たちの姿を見てかっこいいと憧れていた中鉢さん。声をかけられた時はうれしかったという。夏は暑く冬は寒い、乗船客の乗り降りのサポートで力も必要とされるため、見た目よりずっと重労働の船頭の仕事だが、「親や友人の驚きがしだいに応援の声になり、よし!やってみるか位の気持ちでお話を受けました。若気の至りというか、不安よりやる気の方が勝っていましたね」。

 

チャレンジの道のり

中鉢さんは小さい頃から、やってみたいと思うことにまっすぐ突き進む性格だったようだ。
裁縫など手先を動かすことが好きだったことから、その道を極めたいと高校に行かず専門学校に進学しようと思ったほどだという。今どき高校ぐらいは行くべきという親や先生の勧めに従い、まずは地元高校の家政科に進学、その後仙台で和裁を専門的に学んだ。技術を身につけた中鉢さんは実家へ戻り、自宅で和服の仕立てを始める。そんな折、配達に来た郵便局員さんに頼まれたことがきっかけで、月の半分程度村内の郵便局に臨時職員として勤務することとなる。郵便局の仕事と和服の仕立ての両立の生活が約1年半続いた。
ある日更なる仕事の話が舞い込む。それが現在の職場、最上峡芭蕉ライン観光でのアルバイトだった。舟下りコースのほぼ中間地点にある休憩所(桟橋)での鮎の塩焼きや様々な食べ物や飲み物の販売が主な仕事だ。「平日は郵便局で土日祭日は舟下り、冬場は桟橋が閉鎖になりますが代わりに郵便局が忙しくなる。和服の仕立てもありましたし、自分で調整ができてちょうど良かったんです」。
桟橋での仕事は想像以上に楽しかったという。近づいて来た船のお客様に明るい笑顔と持前の大きな声で商品を案内するのだが、船が係留されるのはたった5分という時間勝負。「もたもたしてると奥の方のお客さんにまで注文が届かないんです。そこでバーッと乗り込んでいって鮎などを配達販売しました。時には船が2艘、3艘と同時に着岸しますから、船から船に渡ってお客さんに声をかけました」。若さゆえ遠慮がなかったと中鉢さんは笑うが、中鉢さんの威勢の良さと手際の良さに乗船客の財布のヒモもついつい緩み、売り上げはグンと伸びた。そんな中での正社員登用の話。安定した郵便局の仕事をやめることに少々抵抗はあったものの、この職場に来て新しい自分を発見でき、それを活かして頑張った成果が数字に現れる事のおもしろさ、沢山のお客様と触れ合える楽しさなどがやりがいとなり、正社員の道を選んだ。
そして、約2年間売店で働いたところで、機転の利く快活な性格とフットワークの良さから女性船頭に抜擢された。「それまで歌ったこともなかったし、いまだに一番のネックですね」という民謡(最上川舟唄)をはじめ、案内のノウハウを学ぶべくベテラン船頭について約2ヵ月間研修を受けた。そしていよいよ平成11年4月、川開きと同時にデビューした。

船番所には、乗船客を出迎える中鉢さんの明るい声が響く。中鉢さんの飾らない最上弁が乗船客の緊張を解き、船内でのひとときをさらに楽しいものにしてくれる。
船頭仲間と。四季おりおり違った表情を見せる最上川を、それぞれ個性あるガイドで案内する。

現在の活動内容

先輩船頭らに指導を受け、晴れて女性船頭第一号となった中鉢さん。最上峡芭蕉ライン観光には現在40人の船頭がおり、そのうち女性船頭は4人。船頭=男性のイメージが強いため、女性船頭の存在は注目を集め、貸切船で指名が入ることも多いという。
現在は、一日6~9本(季節により変わる)出る定期便の船頭を持ち回りで務めるほか、観光PRイベントで舟下りの紹介をしたり、シンポジウムなどでVTRに合わせて観光案内を再現する「バーチャル舟下り」を講演したりと、船外活動も盛んに行っている。
そんな中鉢さんの最大の悩みは、やはり子育てと仕事の両立だという。現在、保育所に通う中鉢さんの子どもは、毎朝一番に登所し夕方は一番最後まで預かってもらっている。土日は当然出勤。なかなか子どもと一緒に過ごす時間が取れないが、その分仕事が休みの日はわが子と過ごす時間に充てている。
「約1時間の乗船は、小さなお子さんにとって長く飽きやすいもの。お子さんが乗船した時は、年齢層に合わせたアニメの話や歌のサビを歌ってみたりして飽きさせないように工夫しています。」という中鉢さん。アニメなどの話ができるのも、我が子との触れ合いがあるから。意外なところで母親業が役立っているようだ。

今後の目標・メッセージ

作り物ではない雄大な自然の魅力を伝えるには、作り物ではない“生の声”での案内が一番だ。中鉢さんは、観光地にありがちな録音テープ案内では決して味わうことができないライブ感を大切にし、自身が小さい頃からずっと使ってきた最上弁で案内をする。「お客さんに楽しんでいただくには、まずは自分も楽しめなければならないと思います。固い顔して標準語で話しても、聞いてる方もおもしろくないですからね」。乗船客とは一期一会、毎回客層も違えばノリもさまざま。瞬時に空気を読み取り、いかにその時その人に合った案内をするかが中鉢さんの腕の見せ所だ。
「わざわざ海外まで行かなくても、ここ(日本)にもこんなにいいところがあるじゃないか」。ある乗船客が言った一言だそうだ。中鉢さんの心の中に深く刻まれているという。「海外にも勝るとも劣らない絶景を多くの人に伝えたい、楽しませてこの地でいい思い出を作ってもらいたい。仕事が大変な時はやめたくもなるけれど、やっぱりこの仕事が好き。できるだけ長く船頭を続けていきたいですね」。

(平成20年7月取材)