プロフィール
平成 8年 東京よりUターンし独立、有限会社ティップスを創業。SOHO支援組織「SOHO’S WORLD」立ち上げる
平成10年 通産省(現・経済産業省)の新規成長産業連携支援事業より委託を請け、コーディネーターとして活動
平成13年頃~ 業務内容を、中小・ベンチャー向け経営コンサルティングをメインにシフト
現在は、山形県・宮城県を中心に、公的支援機関によるベンチャー企業や中小企業の新事業開発支援、アグリベンチャー支援に携わる。また自社事業として、民間企業のコンサルティング、商品や販促のプランニング等も行う。日本情報経営学会、観光情報学会会員。≪平成20年度おもな公的案件での活動≫経済産業省地域技術開発支援事業事業化評価委員、(財)庄内地域産業振興センター地域科学技術振興事業科学技術コーディネーター、地域活性化支援アドバイザー、(財)みやぎ産業振興機構中小企業等事業計画評価専門委員会ビジネスプロデューサー、(財)やまがた農業支援センターアドバイザー ほか。
チャレンジのきっかけ
現在、ベンチャーや中小企業の支援、経営コンサルタントをメインに幅広く活躍する尾形恵子さん。経歴を見ると、尾形さんは大学で化学を専攻している。現在の仕事とはあまり関連性が感じられない。「そうですね、今の私があるのは、大学時代のアルバイトがきっかけかもしれません」。
高校時代、将来の夢も定まらないままなんとなく理系クラスへ、その流れで大学も化学科に進学した。尾形さんはそこで、運命的な経験をする。「田舎育ちの私には、大学のあった東京はすべてが面白くて刺激的でした。アルバイトもいろいろやりました。中でも、知り合いの学生ベンチャーの手伝いをしたのがものすごく面白かったですね。その頃は、広告代理店が若者向けの新商品のマーケティング調査をするにあたって、大学生をよく使っていたんです。その知り合いの学生ベンチャーは、そういったサンプリングなどのマーケティング調査を代理店から請け負い代行していて、みんなでよく手伝っていました。きっと地方にいたらできない経験だったでしょうね。とにかく、その市場調査がおもしろくて、広告代理店に就職したいと思ったほどでした」。
その後は、専攻を生かし医薬品メーカーに就職、ほどなくしてMR(=医療情報担当者)として営業部門に異動した。営業として社外に出て歩く尾形さんの心にふつふつと湧いてくるのは、大学時代に経験したあのベンチャーの面白さ。「頭のどこかに独立して起業しようという思いが芽生えていたのかもしれません。ちょうどその頃は、インターネットが世間に広まり始め、Windows95が発売になった時期。とりあえず、MRという特殊な形ではありますが、営業職を経験して営業のノウハウは身に付けたので、次にIT関連の知識や経営・マネジメントについての知識を身に付けたいと思いました」。実践力を養うためには、そういう会社に入るのが一番。尾形さんは、誰もがうらやむ超一流企業を退社し、情報戦略の立案等を手がけていたシンクタンクへ転職する。異業種からの転職だったため、仕事は現場で一から覚えていったという。
チャレンジの道のり
起業に関する知識や経験を身に付け、いよいよ起業…という時に、資金が底をつくという危機的状況に陥る。「当時としては大きな規模のIT事業モデルを企画していたのですが、どの企業に持ち込んでもプレゼンはすべて失敗。当時ITの波が来はじめていたとはいえ、先の読めないIT事業になかなか出資を募ることができなかったんです」。きっともう少し遅ければ、そのプレゼンも通っていたことだろう。尾形さんは、世間よりほんの少しだけ先に進みすぎていたのかもしれない。
まずは一度体制を立て直そうと、尾形さんは故郷の鶴岡へ戻った。資金を作ったら、ふたたび東京に帰り起業するつもりだったという。しかしそんな折、家族が病気になり鶴岡から離れることができなくなってしまった。
腹をくくり、しばらくは鶴岡を拠点に動こうと決めた尾形さんは、SOHOに注目する。当時はSOHOが話題になり始めたころ。尾形さんは「SOHO’S WORLD」というネットワーク組織を立ち上げた。「私自身仕事をしたくても、ソフトがない、道具がないなどといろいろ困っていました。全国にいる同じような立場の人を募って、会社組織のようにお互いが協力し合えば仕事がこなせるんじゃないか、そう思って立ち上げたのが『SOHO’S WORLD』だったんです」。全国に点在するクリエイターらが参加するこの組織は、一時は会員数は6500人にものぼったという。「SOHO’S WORLD」にはコンスタントに発注があり、尾形さんは毎夜遅くまで、全国のクリエイターに仕事を振り分ける作業を続けた。「自分自身が困ったから、というところからスタートしたので、『SOHO’S WORLD』の運営はあくまでボランティア、参加者からの登録料も徴収しませんでした。むしろボランティアであることにこだわった活動でしたね」。「SOHO’S WORLD」の活動と平行して、個人でホームページ制作や情報ネットワーク構築の仕事を請け負い、その報酬を元手に自身の会社「有限会社ティップス」を創業した。
世間が急速にITバブルへ向かう中、ホームページ制作会社が急増。「このままではいけない」と思った尾形さんは、宮城県中小企業支援センターの「実践経営塾」ビジネスプロデューサーに就いたのをきっかけに、より付加価値の高いコンサルティング業をメインにシフトしていった。
現在の活動内容
尾形さんは、会社を立ち上げた時点でまだ28歳。ここには書ききれずだいぶ省略しているが、実はほかにもさまざまな経験をして現在に至っている。「よくみんなに『生き急いでるね』って言われます」と尾形さんは笑うが、現在も公的事業のコンサルティングだけでも20の案件に関わり(つまり現在進行形の肩書きが20個)、ほかに民間事業の案件、講演、雑誌等への寄稿、著書出版と多忙を極める中、さらに山形大学大学院理工学研究科博士後期課程(MOT専攻)に入学し、観光ホテル・旅館をケーススタディに事業再生の手法等について研究している。
「昔から、自分の中に“どんなにがんばっても1位になれない”コンプレックスがあったんです。1位までの足りない何かを埋めるために、常に新しいものを探しながら、スピードと努力で勝負してきました。でも、やればやるほど『まだ足りない…これじゃダメだ』って感じて、さらに次のことを始めて…。そうなってくると、ますます時間が足りないんです」。尾形さんの多忙さは、時間の大切さをよく知るからこそ充実した時間の過ごし方をしているという結果だろう。
今後の目標・メッセージ
豊かな経験によって磨かれたコンサルティング力と幅広いネットワークを生かし、多くの中小企業や創業をバックアップしている。「ベンチャー支援という立場にいながらも、いつかは自分もベンチャーに再チャレンジしたいと思うこともありますね」。しかしまだその時期ではないという。
尾形さん自身、起業につまずき苦労した経験を持つ。だからこそ今、起業ノウハウを持つ尾形さんが、がんばるベンチャーを支援し同じ失敗をしないよう奮闘している。「私は挫折の経験が多いので、同じような立場にある人を見ると、つい一緒にがんばって成功させようと燃えてしまうんです。まずは、今担当させていただいている案件すべてを成功に導くのが一番の目標ですね」。