株式会社 大沼建築
三浦 桜さん

プロフィール

1994年 山形市に生まれる

2013年 山形県立山形工業高等学校 建築システム科 卒業

2015年 山形県立山形職業能力開発専門校 建設技術科 卒業

     株式会社 大沼建築 に入社

     二級技能士 取得

2016年 第 54 回技能五輪全国大会「建築大工」敢闘賞 受賞

チャレンジのきっかけ

 「お父さんの大工仕事を見て、かっこいいと思った」。

 それが、三浦桜さんが建設業に足を踏み入れるきっかけだった。幼少の頃、父親の仕事場について行ったのは、ほんの数える程度。しかし、その時に見た、家を建てる仕事に励む父親の姿は、「お父さんみたいになりたい」と思わせるほど、かっこよかった。

 大工になる、という明確な目標があったわけではないが、おのずと高校は建築系の学校へ。その後、2年制の山形職業能力開発専門校建設技術科に進学した。

 専門校では、高校とはまた違う、より実践的な建築技術を学んだ。「道具の使い方を学んだり、家一軒をみんなで建てたりしました。友だちもできて、ていねいに指導してもらえたので困ることはなかったですが、資材が重いので力仕事が一番大変でした。はじめは図面を見てもどう建つのかわからなくて、簡単そうに見えていた部分も実際には深い考えが必要でした。専門校では、いろいろなことを学びました」。

チャレンジの道のり

 専門校を卒業して就職したのは、寒河江市にある「株式会社大沼建築」。2年おきに専門校から新卒採用しているこの会社には、三浦さんのOBとなる年の近い先輩もいた。

「はじめは、工場の整理をしながら、道具や資材のある場所を覚えていきました。それからすぐに新築の家の下地づくりに加わらせてもらい、徐々に床張りや壁の下地づくりなどもさせてもらえるようになりました」。

 実際に仕事として携わるようになり、一番苦労したのはやっぱり「力仕事」。冬は寒い中での長時間作業もあり、とにかく着込んでポケットにはカイロを携える。楽な仕事ではないが、「自分のやりたいことを」と背中を押してくれる両親に支えられてきた。

 技術面では、リフォーム住宅の場合、実際に見てみないとわからないことも多く、学校で学んだことがほんのわずかだったことに気付いたという。ひとつひとつの現場でも違うし、会社や職人によってもやり方が違う。そうしたことは、経験を重ねていかないとわからない。

「現場には通常2人以上で入りますが、作業範囲が狭い所は1人で行くこともあります。行ってみて迷うこともありますが、一人で悩まずに先輩に聞くことができるので、助かります」。

株式会社大沼建築の社屋と作業場。三浦さんはここで技術の鍛錬に励む。

 

現在の活動内容

 就職して2年目を迎える頃、山形で開催された「第 54 回技能五輪全国大会(やまがた技能五輪・アビリンピック2016)」。全国の技術者がその腕を競うこの大会には、過去に先輩たちが出場していた。「おもしろそう」と興味が湧いた三浦さんは、出場を会社へ申請。会社からの承諾を得て『建築大工』部門にエントリーすると、3カ月間、母校である専門校で課題の製作に専念した。

「五輪では、与えられた課題の製作を2日間(約12時間)でおこないます。そして、精度や美しさ、完成度などが評価されます。大体いつも屋根の一部分が課題になるのですが、その中にいろいろな技術の要素が含まれています。専門校ではその課題製作の練習を、15人程の仲間と一緒にしていました」。

 五輪では、全国から集まった技術者約80人の中で、三浦さんは見事「敢闘賞」を受賞。一気に脚光を浴びることとなった。

「名前が呼ばれた時は、本当にびっくりしました。なんとか制限時間内にすべてできたとは思ったけど、上手にできた、という感じは正直なかったんです。どちらかと言えば、専門校で共に練習した“山形チーム”が一緒だったので、気持ちに余裕があって楽しかった。そんな大会でした」。

山形で開催された技能五輪「建築大工」で敢闘賞を受賞

現場作業がない時期は技術を磨くため
   木材に向かう

今後の目標・メッセージ

 職業として建築に携わるようになり、4年目を迎える三浦さん。同じ仕事をする同性の仲間は、まだいない。共感し合える人がいないのはちょっと寂しいが、それをフォローするかのように年の近い先輩たちが、三浦さんの相談相手になってくれている。

 「この職業は、まだまだ女性が少なくて、自分が男社会にいるなあと感じる時があります。『女だから』と言われることもあります。本当は、男女問わずにできる職業だということを、もっともっと知ってほしいです。お客様に満足してもらえる家づくりを、これからもお手伝いしていきたいと思います」。

(平成30年1月29日取材)