プロフィール
1973年 長井市生まれ。
1996年 東京大学文学部卒業
2003年 インド留学
2005年 同大学院博士課程満期退学
2018年 文学博士
1998年〜 長井市草岡の洞松寺住職
2011年〜 米沢女子短期大学非常勤講師
2010年〜 人権擁護委員
2014年〜 山形県家庭教育アドバイザー
2014年〜 長井市婚活サポート委員
2015年〜 長井市男女共同参画推進審議会委員
2016年 やまがたボードゲーム協会を設立
2017年 功労者等知事表彰チャレンジ賞受賞
講演歴
2013年9月「住職で子育て?~今どきのワーク・ライフ・バランス~」
(主催:公益社団法人山形法人会)
2014年6月「主夫、兼 住職~お坊さんのワーク・ライフ・バランス~」
(主催:酒田市)
2014年11月「いいかげんは『良い加減』
~イクメン住職に学ぶワークライフバランス~」(主催:川西町)
2016年9月「子育てがしんどいときに思い出すこと」
(主催:男女共同参画センターファーラ)
2017年2月「心を整える家事」
~ほどよく楽しむ今どきのワーク・ライフ・バランス~(主催:長井市)
チャレンジのきっかけ
長井市草岡に住む曹洞宗三峯山洞松寺の住職、小野卓也さんは、実母と子ども3人の5人暮らし。妻の恭子さんは、茨城県のつくば市で、研究職として単身赴任をしているため、平日は卓也さんが主に家事と子育てを担っている。それが、“イクメン住職”と呼ばれるようになった由縁だ。
「つくば市で働いていた妻と結婚した当初は、私もつくば市に住んでいました。地元でお葬式などがあるたびに帰省してきてお寺の仕事をしていたのです」
長女と長男が生まれると、主夫をしながら、つくば市と地元を往復する生活をしていた。しかし、子どもが成長して訪れたのが「小1の壁」だった。
「子どもが小学校に入ると、帰宅が早くなります。長井で仕事があって私が不在になると、長女は突然鍵っ子になってしまう。そこで長女が小学校に上がるタイミングで、長井への移住を考えました」
つくばは学園都市のある場所でもあり、子どものお受験や塾通いなども多い教育環境にある。そのような環境ではなく、田舎でのびのびと子育てをしたいという思いもあったとのこと。
ちょうど末子である次女の出産のタイミングとも重なり、一家で長井市に戻り、妻が育児休暇を取得した1年間、家族全員が長井市で暮らすことになった。その後、次女が1歳になり、妻は仕事復帰のため、つくば市に戻り単身赴任が始まった。
住職をしながら家事育児に励む姿は徐々に知れ渡るようになり、講演依頼が届くまでになった。
「『イクメン住職にきく、“子育ては修行なり”』というテーマでの講話でした。子育てをしてみてわかったのが、子育ては修行みたいなものだなということ。修行というのは決して辛いものではなく、慣れるまでは確かに大変ですけれども、慣れてしまえば体が自動的に動いてくる。そのようなことを修行と捉えると、板についてくれば楽しいこともたくさん出てくる。そのようなことをお話しました」
その後、テレビ局がその内容を聞きつけ、イクメン住職の1日を紹介する密着取材も行われた。
「妻が外で働いて、夫の住職がお寺にいるという夫婦はたくさんいるので、私みたいなタイプは珍しくはないのです。でも、テレビがきっかけで私がイクメン住職として、だいぶ広まりまして、あちこちで講演を頼まれるようになったのです」
チャレンジの道のり
小野さんはさまざまな役職を兼任している。人権擁護委員、長井市婚活サポート委員、山形県家庭教育アドバイザーなどの顔を持ち、男女共同参画審議会にも所属している。
男女共同参画審議会に参加して会議を重ねるうちに、根底には“男性は家事をしない文化”というのがあり、年を重ねた世代ほど、その感覚が根強いことを痛感した。
「私はつくば市で主夫からスタートしました。その経験が、その後の人生でも生きてきます。家事を最初から妻任せにしていると、夫がスキル0のままで、10〜20年経ってから家事をしようと思っても、そこに参入する障壁は大きい。ある程度、一通りやっておくだけでいいのです。途中やらない時期があっても、戻せます。最初が肝心なのです」
家事や育児へのスタンスは世代によって大きく違う。長らく“家事育児は女性”という社会に生きてきた世代ほど、固定観念が大きくなってしまうことに頭を悩ませながらも、さまざまな年代を相手に、男女共同参画とは何かを、自らの経験をもとに噛み砕いて話をしてきた。
女性の管理職などが、まだまだ少ない現実にも触れる。
「企業に限らず、PTA の役員や地区の役員、公民館の役員などの男女比が、いかに不均衡になっているかということを、もう少しはっきりとさせた方がいいという話をしました。現代は、人口減少や過疎化で県内だけでなく全国的に厳しい状況なのに、男にばかり役が回っているのは大変です。どんどん女性を取り立てていかないと、人口減少社会では限界が見えていますよ、という話をします」
また、上山市の山形法人会から依頼された際には、男性の育児休暇の取得を推奨するための講演を行った。
「子育てって、実はすごくいろんな経験を身につけることができます。育児休暇を取得した社員は、一回り大きくなって帰ってきますよ、と話しています」
しかし、小野さんはやみくもに男性の家事育児を礼賛しているわけではない。
「目標はあくまでも、家の中の子育てや家事がスムーズにいき、家族のストレスがなくなることです。その家庭その過程でベターな選択肢をとっていく。女性でも育児休暇をとることがストレスになる人もいる。男女の役割分担が固定的であることは不自由なことです。どんな作業も向き不向きがあるので、臨機応変に対応することが大事です」
性差ではなく個人差である、と小野さんは言う。
「今年のキーワードになったワンオペ育児、あれはとても大変です。我が家は、長女が子育てに関して“お母さんに出来てお父さんに出来ないことはない”と言ってくれます。男は子どもを産むことはできませんけど、それ以外は出来る。でも、これが一人で毎日だったら私自身も相当参ります」
いろいろな分野の活動で忙しいが、住職の仕事と3人の子育てが生活の基本にある小野さんは、家事や育児は女性の仕事、という考えを取り払い、家族や人間関係のあり方がもっと多様になることを目指して、講演活動を行う。
「仕事でも家庭でもそうなのですが、“できる人”よりも“機嫌がいい人”が必要です。文句ばかり言っている人がいると、その人に気を使って仕事が滞るという問題が出てきます。私も妻も、家の中では機嫌よく過ごして、イヤイヤではなく楽しそうに家事をやってるな、という姿を見せたいと思っています。そうなった時に、これまでのような男女の固定的な役割分担というのが邪魔になってくるんですね」
若年層や子どもたちのように、頭の柔らかいうちに、昔の固定観念は取り外しておきたい、と小野さんは考えている。
現在の活動内容
男女共同参画推進委員のほかに、小野さんは人権擁護委員という役職も担っている。
「人権擁護委員の活動では、小中学校に人権教室をしにいきます。人権教室というのは、メインのテーマはいじめについてです。でも中学生って『イジメはダメ』なんて、いたるところで聞いていて、またその話ね……という感じです。そのため、私が地元の中学校で人権教室をすることになった時には、男女の役割分担について考えてもらうという教室を始めました」
その教室は今年で3年目になるという。どのような授業かというと、
「教室に、賛成・反対・どちらとも言えない・考え中、っていう4つのコーナーを作り、何か質問をしたら、それについて自分の意見だと思うところに移動してもらいます。
例えば、『男の子が泣くのはみっともない』というお題を出します。子どもたちがコーナーに移動したところで、『何でそこに移動したんですか』とインタビューします。子どもたちは“どちらともいえない”あるいは“反対”に立つ子が多いのです。今の子どもたちは、ほぼ『男が泣いたっていいじゃないか』と捉えているんですね」
質問をする前に必ず断っておくのが、「正解はありません」ということ。それぞれの意見に理由があるのだから、不正解はない。だから子どもたちは安心して自分の意見のコーナーに立つことができる。
「『男の子より女の子の方が料理がうまい』とか『女の子が男の子より体力がないから優しくするべきだ』とか、だんだん微妙な問題を出していきます。そうしているうちに、みんな“どちらとも言えない”に流れていくのです。最初は、賛成か反対か別れていく質問が多いんですけれども、“どちらとも言えない”に流れていくことで、子どもたちはあることに気づきます。性差よりも個人差である、という部分です」
男女共同参画の考え方と同じところに行き着く、と小野さんはいう。
「それはいじめ問題にも効いてきます。自分と違うものは許せないという考え方ではなくて、自分と違うけれど、その人なりの理屈や生き方があるのだと理解することができます」
教室の最後に、ジェンダーギャップ(男女格差の度合い)の話をする。
よく聞くのは、女性管理職や議員の数が少ない、などの話だが、それだけではないという。
「日本は、国際的にジェンダーギャップが大きいのです。特に男女の賃金格差と教育格差があります。世界標準的には、女の人のほうが学歴が高いんです。先進国では、多くの女性が大学まで行きますが、日本は高校を卒業したらそのまま就職っていう人がまだまだ多い。高等教育の格差もあります」
日本は豊かに見えて、まだまだそういう点では遅れてしまっている現状がある。
小野さんは長井市の婚活サポート委員もしている。
「結婚する人が減っているということが、男女共同参画と密接に関係があるということに、みなさん少しずつ気付きつつあります。男女共同参画、男女平等というと、女性の収入とか地位をあげようという動きになることが多く、それ自体はとても必要なことですけれども、女性の地位が上がったときにどうなるか。社会的・経済的に厳しい男性と、社会的・経済的に豊かな女性は結婚できないという問題が出てくるのです。女性は自分と同等以上の男性と結婚したいと思う人が多く、その願望が人類の昔からあるわけです。すると、周りに結婚できる男性がいなくなってしまうのです」
近年ヒットしたのは、独身男性とシングルマザーの婚活パーティだったという。独身男性の結婚願望と、シングルマザーの経済的な支えを必要とする願望がうまくマッチングする形だった。
現代のキーワードは“協力”だという。
小野さんの幅広い活動のひとつに、「やまがたボードゲーム協会」の運営がある。ボードゲームに関する著書も出し、家庭や友達のコミュニケーションを促進するボードゲームの普及に努めているのだが、このゲームには、人間関係を円滑にする重要なヒントがたくさんあるとのこと。
「この頃のトレンドとして、協力型ゲームというのがあります。これは、みんなで課題に挑戦して、全員が勝つか全員が負けるかというゲームなんです」
メンバー内で勝ち負けを競うのではなく、協力して課題をクリアしていくという種類のゲームである。その中に出てくる重要な問題に、奉行問題と戦犯問題というものがあるという。
「奉行問題というのは、一人が仕切ってしまう状態を言います。一人がみんなにあれこれ指図するんですね。すると、他の人は言われた通りにしかしなくて、自分の考えが出せない。全く面白くないんです。そしてもう一つ。戦犯問題とは、誰のせいで負けたのかという犯人探しをしてしまうこと。しかし、誰でも非難されたら面白くない。この二つの問題は、家事で協力するときにも同じように発生します。奉行が一人、例えば妻がイニシアチブをとって夫に“これをしろ”と命令して、夫が言われた通りにするだけ。すると夫は面白くない上に、言われなければ何もしない、指示待ちになってしまう。そして妻の負担は変わらないという状態になります。そして、何かうまくいかなかったときに、お互いに相手が悪い、と犯人探しをして不毛な言い合いをしてしまう」
夫婦の問題は奉行問題と戦犯問題とほとんど同じであることがわかる。
「協力というのは、一人がイニシアチブをとるのではなく、皆がイニシアチブを分け合っていくっていうことだということがひとつ。それから、うまくいかなくても皆で責任をとっていくということだと思います。家事でいえば、夫もちゃんと状況を把握して、何をしなければいけないか考える、そして自ら動く。すると、家事がツーカーで回ります。うまくいかなかったら、自分も悪かったから責任は二人で取ろうと言える関係になる。こういう話を、講演に織りまぜることもあります」
「選択して自己決定し、他人の自己決定も尊重する。でもこれは無関心ということではありません。繋がっていって初めて“人間”です」
人間であるということは、“男である”ことや“女である”ということではなく“自分”なのである。特に若い世代では、自分が男であることや女であることに囚われなくなってきているともいう。
“らしさ”とは何だろう。その質問に、小野さんはこう答えた。
「押し付けられるものではなく、自分で決めるものだと思います。例えば、自分が女である、というのも自己決定です。男女の垣根が関係ないと言っているわけではないのです。女であるということを一つのメリットとして捉えて、それを活かして何かをしていくとことも、一つの選択です。ただ、女だからこうしなさい、と押し付けてくるものに対しては抵抗した方がいいということです」
平等や権利も、押し付けられるものであってはならない。
小野さんの話では、どんな分野の話も全てが繋がっていて、根底にある問題は同じであるということを考えさせられる。
今後の目標・メッセージ
「伝えたいのは、仲良く、機嫌よく暮らしましょうということ。夫婦であろうとなかろうと、社会の中でも地域の中でも、家庭でも。みんなが手を取り合っていきましょう、と。言葉にすると当たり前のことなのですが、同世代くらいでも、また社会としても、出来ていない現状がありますからね」
と小野さん。
「私がしていることは、全てが男女共同参画とリンクしているのですが、もっと根幹には、お寺とリンクしているのです。どんな仕事も田舎は大変なんですけれども、少子化の社会となり、檀家さんは減っていってしまう。お寺も潰れてしまう時代です。檀家さんを絶やさない方法を考えることは、少子化について考えることにもなります。これが婚活サポートにも繋がります。そして、子供が増えるよりも大切なことは、いろんな活動をする中で人と関わることです。檀家さんに『住職さんいろんなことをしているな』って知ってもらえたら、悩み事がある檀家さんは相談をしてくれるでしょう。大したアドバイスは出来なくても、話を聞くことはできる。それがお寺の存在意義なのです。最近、お葬式や法事以外では、存在価値を認められなくなってきていますが、人との関わりができることで、住職の存在価値というのは、まだあると思っています」
お寺はもともと寺子屋として、人の交流の場、教育の場としての役割があった。いつでも誰でも気軽に訪れていい場所なのだ。
「理念で言えば、大乗仏教というものがあります。大乗というのは大きな乗り物です。『あまねく困っている人をみんな救う』というのが、日本の仏教の根本、どの宗派も関係なく持っている理念なのです。困っている人にすぐ手を差し伸べられる体制を作っておき、しかも手を差し伸べるだけではなく、その手を掴んでもらえるような信頼がないといけません。そのためには普段から関わっておかないといけない。上から目線ではなく常に同じ目線で、困ったことがあったらどうぞ、と門戸を開いておく必要がある。そのためには地域と関わるというのが不可欠でして、現在の私にとって地域との関わり方というのは、たまたま子育てや、さまざまな活動が軸になっているということなのです」
大上段に構えて言いたいことでもないですが、と前置きして、
「まとめれば、人間として仲良く暮らしましょう、ということです」
と小野さんは言う。自身が経験してきた人生が講演活動に繋がり、違う分野と思える話にも、実はすべて一本の太い軸があるからこそ、講演を聴く人の心の深いところまで届くのだろう。
平成28年度 置賜地域男女共同参画講座にて講演