プロフィール
山形市生まれ、在住。
長年にわたり山形県や国の国際交流事業に協力し、ホストファミリーとして短期のホームステイを受け入れてきた。これまで受け入れた国はフィジー、台湾、韓国、マレーシア、インドネシア、スリランカ、ベトナム、ブラジル、カンボジアなど14か国にのぼる。
2020年9月、在山形ベトナム人協会(愛称・TVA Yamagata)を設立。
2023年4月、団体名の愛称を「More Smile Yamagata(略称・MSY)」に改称。
山形県内に住むベトナム人をはじめ外国人を対象に、定期的な日本語教室や、山形の生活や文化に慣れ親しんでもらうための体験イベントなどを開催。
フルタイムで働くかたわら、プライベートの時間を利用して支援活動を続けている。
チャレンジのきっかけ
中学生の時から海外に憧れがあり、洋画を見たり洋楽を聴いたりすることが好きで、次第に国際交流に興味を持つようになった。特に語学を学んだわけではないが、外国の人と話したり、交流したりすることが楽しく、結婚後は家庭で子育てしながらでも国際交流に関わりたいと、ホストファミリーとして1泊2日など短期のホームステイを受け入れてきた。息子たちにも早くから外国の人に親しんでほしいという思いもあった。
40歳を迎えて子育ても一段落した頃、家庭や仕事以外に自分が社会の役に立てることはなんだろう、誰かの力になれることをやりたい、と考えるようになった。元々国際交流に興味を持っていたこともあり、ボランティアで日本語を教えられればと、山形県国際交流協会で開催していた外国人向け日本語サポーターの研修に参加した。
その研修で、ベトナム人の男性が日本語教室に通う様子や、日本語がわからなくて生活に困っている様子を描いた番組を見た。そこで初めて外国人労働者の問題や、技能実習などで山形に来ているベトナム人が多くいることを知った。当時はベトナムについての知識は何もなかったが、こういう現状があるのかと衝撃を受け、それからいろいろな情報を集め始めた。その中で、在日外国人の支援をしている「在仙台ベトナム人協会」を知った。代表のトゥアンさんに話を聞きに行ったり、日本語教室を見学したりするうちに、山形で暮らすベトナム人の支援活動をしたいと思うようになった。
チャレンジの道のり
「在山形ベトナム人協会」を立ち上げようと考えたが、ベトナム語が話せるわけでもなく、どこまで支援できるかわからず、責任も大きいと悩んだ。コロナ禍でもあり、人が集まるだろうかという不安もあって、一人でもんもんとしていた。
そこで、ボランティアで参加していた子ども食堂の人たちに自分の思いを伝えて、協力してもらえないかと相談してみた。すると、代表とメンバー二人が共感してくれて、活動に協力してくれることになった。「在仙台ベトナム人協会」代表のトゥアンさんも、「一緒にやりましょう」と言ってくれた。この四人の心強い応援と後押しがあり、手探りながらも「在山形ベトナム人協会」の設立に向けてスタートした。一人では何もできないので、やはり自分の思いや理念に共感してくれる人の協力が大事だと痛感した。
家庭でも日頃から自分の思いや悩みを話しているので、夫や息子たちも支えてくれた。フルタイムで仕事をしているため、支援活動を始めると休日や夜に出かける機会が多くなるが、家族もそれを理解してくれた。
こうした協力を得て、2020年9月2日、ベトナム建国記念日に「在山形ベトナム人協会」を設立した。コロナ禍の真っただ中だったが、この状況がいつまで続くのかわからないし、終息するのを待っていたら何年も先になってしまうかもしれない。必要なのは今だ、と心を決めた。
山形にべトナム人の知り合いが一人もいないゼロからのスタートだったので、まず日本で暮らすベトナムの人たちが、どんなことに興味を持っているのか、どんなことを考えて日本で働いているのか、どんなことに困っているか、といったことを知るために、外国人が日本語を学習するために利用するアプリで情報を集めた。
また、仙台のトゥアンさんのネットワークを活用させてもらい、SNSで協会設立の情報を拡散した。山形で働いているベトナムの人を紹介してもらい、その人を中心に周りのベトナム人に声をかけてもらって、少しずつ知られるようになった。

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「在山形ベトナム人協会」設立のオープニングイベント(2020年)
現在の活動内容
「在山形ベトナム人協会」の設立から5年が経ち、活動や交流の幅も広がってきた。ベトナム人は技能実習で来日することが多く、ある程度日本語の訓練を受けてくるものの、やはり言葉の問題が一番大きい。日本語がよくわからず、会話力が不足しているために意思の疎通がうまくいかず、仕事や生活で苦労し、トラブルに発展してしまうケースもある。そのため山形市市民活動支援センターで月2回、日本語を学びたい人の学習をサポートする「日本語カフェ」を開いている。日本人の先生がボランティアで教えてくれて、交流しながら楽しく日本語を学ぶことができる。「会場が遠い」「冬場は通うのが大変」といった声もあり、オンラインでのレッスンも導入した。最近は、ベトナムの人だけでなくバングラデシュやインドネシア、ミャンマーなどの人も参加してくれるようになった。一方で、多い時には40人も参加者が集まるが、少ない時は数人ということもあり、継続して参加してもらう難しさも感じている。
山形や日本の文化を体験してもらおうと、季節に合わせたイベントも開催している。着物を着てお花見に出かけたり、紅葉を見に行ったり、そば打ち体験や笹巻きづくり、芋煮会など、いろいろなイベントを通した交流の場だ。「日本語カフェ」に参加している生徒さんから「優しくて親切な先生と日本語を練習でき、一緒に交流や文化体験ができる」「たくさんのベトナム人に会い、交流することができ、自分自身の日本での生活が楽しくなる」との感想を聞き、“集える場”になっているとうれしく思っている。
最初は、日本人と外国人をつなぐ場と考えていたが、その想像をはるかに超えて、外国人同士がつながる場にもなった。バングラデシュの人とインドネシアの人がとても仲良くなったり、山形にいても知り合う機会のなかったベトナム人同士が会って意気投合して登山グループをつくったり、「在山形ベトナム人協会」が拠点になって、つながりの輪が徐々に広がっている。


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2024年2月には、山形とベトナムの人たちをつなぐ情報誌『シンチャオ!やまがた』を発行した。山形市コミュニティファンド補助事業を活用して制作したもので、タイトルの「シンチャオ」は、ベトナム語で「こんにちは」という意味だ。A4判の16ページで、山形とベトナムの文化・価値観くらべ、ベトナム人の1日の過ごし方、ベトナム料理のレシピ、山形県内で就労するベトナム人65人から回答を得たウェブアンケートの結果などを、日本語とベトナム語で掲載している。ベトナム人を雇用している企業や、ベトナム人と交流する機会のある学校から、コミュニケーションツールとして情報誌を使いたいと問い合わせがくるようになった。
日常生活の中でのちょっとした困り事への対応もある。例えば、引越し先に自転車を運びたいがどこにお願いしたらいいかなど、公的な機関に相談するまでもない困り事は意外に多い。小さな事だが、コミュニケーションが取れていないとそれを気軽に話してもらえるようにはならない。長年ホームステイを受け入れ、外国人に対して親しみのある自分だからこそできる役目だと感じている。
また、参加してくれる日本人ボランティアの人にとっては、外国の若い人たちと交流でき、支援活動が生きがいや社会について考えるきっかけにつながっているようだ。これも想定外のことだったが、誰かの役に立っているということが自分の幸せにつながると改めて実感した。
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(2024年2月発行)
今後の目標・メッセージ
山形で暮らす外国人のみなさんが、職場だけでなく地域の人たちとも関わり、自分の国に帰った後も、日本での経験を生かしてもらいたいと考えて「在山形ベトナム人協会」を設立した。当時と現在とでは、職場や地域の環境、制度も変わってきているので、山形に住む外国人のみなさんが何を求めているのか、課題は何か、もう一度ニーズを拾って、今の時代に合った支援をし、活動を継続することはもちろん、時代とともに変化していける協会でありたいと思っている。
新たにやりたいことは、山形の10代の人たちと外国から働きに来ている人たちをつなぐ場をもっとつくっていくことだ。よく相互理解や多文化共生と言われるが、若いうちから外国の人と交流することで、そうした気持ちが自然に育まれ、根付いていくと思う。
愛称の「More Smile Yamagata」には、「心から笑顔になれる場所をつくりたい」という思いを込めた。山形県内に住むベトナム人の数は3,026人。これは山形県の外国人人口10,312人の中で最も多く、全体の約29.3%を占めている。(令和6年12月末時点)技能実習など仕事のため、日本語を学ぶための留学など、目的はさまざまだが、互いを尊重し合い、思いやりのある交流の輪が広がって、笑顔で生活していけるようサポートしていきたいと考えている。
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