生糀専門店「さくらこうじ屋」代表
國本 美鈴さん

プロフィール

1988年 埼玉県深谷市生まれ。

早稲田大学国際教養学部を卒業後、東京都内のケーブルテレビ事業を営む企業に入社。商品企画やメディアの編成・プロモーションなどを担当。

2018年7月 庄内町にIターン移住して農業生産法人に就職した横浜市出身の國本琢也さんと結婚。

2019年7月 夫の住む庄内町に移住し、庄内町地域おこし協力隊として観光PR業務などを担当。

2024年1月 庄内町の「佐藤糀店」を引き継ぎ、新たに屋号を「さくら糀屋」に改め開業。        

2020年に長男、2024年に長女が誕生。

現在は、「さくら糀屋」を経営しながら、フルリモートで都内のマーケティング会社の仕事をしている。

夫の琢也さんは、米づくりのほか「シャドウ國本」の名でイベントのMCやラジオパーソナリティとしても活躍。チェリアの男性セミナーで講師を務めた。

チャレンジのきっかけ

 小学生の時に埼玉県の交流事業でスウェーデンに行ったことがきっかけで海外に興味を持ち、高校時代に1年間、カナダに留学した。帰国後、英語で授業を受けたいと考え、ほとんどの授業が英語で行われる早稲田大学国際教養学部に進学した。大学では、在学中に1年間、海外に留学することが義務づけられていたので、今度はヨーロッパでたくさんの国を見てみたいと思い、ドイツのボン大学を選んだ。

 留学中にマスコミ関係に興味を持ち、卒業後は都内でケーブルテレビ事業を全国展開している会社に就職した。1年目はカスタマーセンターに配属になり、その後、本社に異動になって商品企画や新規事業の立ち上げなどをしていた。

 就職して数年たった頃、後に夫となる男性と出会った。友人に誘われて庄内町にIターン移住し、農業生産法人に就職して米づくりに携わっている男性で、その日はたまたま仕事で東京に来ていた。自分と同じ早稲田大学出身だったが学生時代は全く面識がなく、食事に行った店で偶然一緒になり、その場にいた共通の友人に紹介されて知り合った。

 それから遠距離での交際がスタートして、2018年に結婚した。しかし、ちょうど以前からやりたかったメディア部門に異動した頃で、仕事を辞めたくないという思いが強かったため、結婚後もそのまま東京で暮らし、仕事を続けた。別居生活をしている間、定期的に庄内に行くようになり、「暮らしやすそうで、いいところだな」と感じるようになった。また、2度の海外留学を経験して、自分は知らない土地に行ってもそこに馴染むことが得意なほうだと思っていたので、「庄内に行っても大丈夫、なんとかなるだろう」と思うようになった。

 もともと海外旅行が大好きで45か国に行ったことがあり、旅行や観光に関わる仕事にも興味を持っていたため、庄内に移住して環境が変わるのなら、これまでと全く違うことをやってみたいと思った。そんな時、たまたま庄内町で観光PR担当の地域おこし協力隊を募集していることを知った。さっそく応募すると採用され、2019年7月に庄内町に移り、地域おこし協力隊の活動を始めた。

チャレンジの道のり

 地域おこし協力隊としてのミッションは、「しょうない氣龍祭」を立ち上げるプロデューサーの仕事だった。庄内町は旧余目町と旧立川町が合併して誕生した町で、二つの町に共通する「龍」をコンセプトに、五穀豊穣と町の発展を願う新たな祭りを立ち上げようと開催に向けて話し合い、準備がはじまったばかりだった。ところが、コロナ禍で「しょうない氣龍祭」はもちろん、これまで恒例だったお祭りも全部中止になり、観光に関わる仕事がなくなってしまった。

 そうした中、ある会社の方から「庄内町の観光資源を活かしたオンラインツアーのような企画をできないか」と相談を受けた。そこで思いついたのが、オンライン酒蔵体験だった。地元の酒蔵の「やまと桜(佐藤佐治右衛門)」がピックアップした3種類の地酒を事前に参加者に送り、酒蔵の中と参加者をZoomでつないで、地酒の説明を交えながら蔵元と一緒に飲み比べる「蔵元と語りながら地酒を飲もう」という企画だ。ほかにも、庄内町の人気農家レストランのオーナーを講師に迎え、オンラインで米粉の料理教室も開いた。当時はこうした企画を地方自治体の主導で行うのは全国的にも珍しく、画期的な取組みとしていくつかの全国メディアや新聞でも紹介された。

 このオンライン酒蔵体験でお世話になった「やまと桜」の当主の佐藤さんは、90年続く「佐藤糀店」の3代目でもあった。小さな糀店だが、手づくりの生糀は地元を中心に多くの人に愛されていた。糀をつくる米は、夫が勤めている農業生産法人の米を使っているという縁もあった。その佐藤さんから、「地域おこし協力隊の任期が終わったら糀店を継がないか」と声をかけられた。店の経営は安定しているものの、自身の年齢や設備の老朽化もあり、このまま店を続けようかどうか悩んでいたようだった。

 当時は、夫が栽培した米で何か加工品を開発したいと漠然と考えていたので、店を継ぐ話をいただいた時には「長い歴史のある店を閉じるのはもったいないし、おもしろそうだな」と思った。そして、佐藤さんから甘酒を飲ませてもらうと、そのおいしさに驚いた。正直なところ甘酒があまり得意ではなかったが、「佐藤糀店」の甘酒はとてもすっきりした甘味で、お米の甘さに驚いた。「糀と水だけでつくった、米のうまみが感じられる甘酒をもっと広めたい」と思い、事業を引き継ぐことを決めた。

 それから佐藤さんご夫婦を手伝いながら、一から糀づくりを教えてもらった。店の設備は老朽化が進んでいたため、新しい建物に移り、設備も一新した。最初に考えていた予算を大幅に超えてしまったが、これまでの取引先や地域からの信頼も引き継ぐことができたので、ゼロからのスタートではない安心感があった。

蔵元と参加者をZoomでつないだオンライン酒蔵体験
國本さん夫妻(中央)と佐藤さん夫妻

現在の活動内容

 「佐藤糀店」を引き継ぎ、2024年1月1日に新たに屋号を「さくら糀屋」と改めて開業した。店の名前に「さくら」を入れたのは、糀がよくできたときの姿を「米の花が咲いた」ということから「さくら」と「咲く」をかけたことと、将来海外で商品を販売するようになったときに「桜=日本」とイメージしてもらいやすいのではないかと考えたことからだ。不安はあったものの、店を開くと何人ものお客様に「ずっとここの糀を使ってきたから、なくならなくてよかった。継いでくれてありがとう」と言われた。

 今も佐藤さんご夫婦に糀づくりを手伝ってもらい、店を支えていただいている。ただ、いつまでも頼ってばかりではいられないので、糀づくりの技術をしっかりと身につけて一人前になり、品質を保っていくことが今の最重要課題だ。

 また、自分たち夫婦はどちらも関東出身で、近くに身内がいないため、昨年二人目の子どもが生まれてからは子育てと仕事の両立がより大変になった。子どもが体調を崩すと、1週間くらい仕事ができなくなる。しかし、その間も生きている糀は発酵していくので、作業を止めるわけにはいかない。そこで、製造やこん包、配達を手伝ってくれる人を増やした。どのような状況になっても糀づくりを続けられるような体制をつくっていかなければと考えている。

 糀屋の仕事のほかに、これまでの経験を生かして、東京に本社があるマーケティング会社で、フルリモートで仕事をしている。クライアント企業の「売上を上げたい」という相談にのってマーケティングのお手伝いをしたり、新しい企画のプロジェクトマネジメントをしたりする仕事だ。過去には、東京の企業からの依頼で、1~2週間家族で地域に滞在する「保育園留学」を庄内町・鶴岡市・西川町で立ち上げる際のプロジェクトマネージャーを務めたり、出羽三山の伝統的文化を体験するプランを提供しているインバウンドの旅行会社のマーケティングのお手伝いをしたりと、幅広い内容の仕事を手がけた。基本的に午前は糀屋の仕事をして、午後からはリモートでの仕事をしている。

すべて手作業の糀づくり
庄内産特別栽培米と糀菌のみで
つくる生糀

今後の目標・メッセージ

 今は糀づくりのスペシャリストであることを求められるが、東京で仕事をしていた頃は総合職で、何でもある程度こなせるが突出した得意なことのない自分を器用貧乏だと思っていた。そして、その後のキャリアを考えたとき、スペシャリストになれない自分にコンプレックスを持っていた。しかし、山形・庄内に来ると、農家、漁師、山伏、イラストレーターなど周りにはスペシャリストが多いが、そういう人たち、いわゆる「点と点」をつなぐ人が意外にいないことに気づいた。

 地域おこし協力隊の時、冬に集客できるイベントを企画できないかと相談されたことがあった。そこで、花卉(き)栽培用の電飾がついたビニールハウスを会場に、プロが演奏するジャズを聴きながら、フラワーアーティストのライブ生け花を楽しむイベントを企画した。生け花に使う花は、ビニールハウスを所有している農家さんの花や庄内町で育てられた花を使った。演奏家、フラワーアーティスト、農家、それぞれ地域に暮らす人たちだが、この3者を組み合わせようという発想は斬新だと、とても好評だった。「こんなふうに点と点をつないで形にできるのも自分の一つのスキルだ」と気づき、自信が持てるようになった。

 これからは、「さくら糀屋」の事業を安定させることが大きな目標だが、常に思っているのは、「女性として、母として、仕事も家庭も諦めたくない」ということだ。子どもが生まれれば手がかかり、自分の時間はなくなり、どうしても女性の負担が大きくなる。それでも、子どもとの時間も家族での時間も大切にしながら、キャリアを積み、自立して生きることを諦めたくない。子どもが小さいうちは寂しい思いをさせることもあるかもしれないが、親が充実していることが、子どもの成長にいい影響を与えるのではないかと思っている。周りの人や保育園といった施設なども頼りながら、自分自身もちゃんと自立し、仕事も家庭生活も充実させていきたい。

夫の琢也さんとお子さんたちと
演奏家・フラワーアーティスト・農家のコラボコンサート

(令和7年10月取材)