プロフィール
1981年 山形県南陽市生まれ
県立南陽高校を卒業後、新潟医療技術専門学校(現:新潟薬科大学附属医療技術専門学校)救急救命士科に進学
2003年 南陽市役所の職員として採用される
2007年 人事異動で南陽市消防本部(当時)へ配属
2011年 警察官の男性と結婚
2012年4月 米沢市・南陽市・高畠町・川西町の2市2町の消防本部が統合し設立された置賜広域行政事務組合消防本部の職員となる
2013年 出産。産休・育休を取得し、翌年10月に職場復帰
2023年 置賜広域行政事務組合南陽消防署予防係長に着任
2026年 置賜広域行政事務組合消防本部警防課警防企画係長に着任
《消防士と救急救命士について》
消防士・・・・・・各自治体の消防職員採用試験に合格し、地方公務員として採用された後、消防学校で初任科教育を受け、消防署などに配属される。
救急救命士・・・・・・医師の指示のもとで、一定の高度な救急救命処置を行うことができる国家資格を持つ専門職。救急救命士になるには、養成校などで必要な課程を修了して国家試験に合格する方法のほか、先に消防士となり、実務経験を積んでから資格取得を目指すルートがある。
チャレンジのきっかけ
父が消防団員だったので、子どもの頃から火事や災害があると夜中でも現場に駆けつけ、地域の人のために働いている姿を見て育った。高校生のとき、消防士の親戚が、救急救命士の資格を取得するために東京の養成所で研修を受けるという話を聞いた。ちょうど卒業後の進路を考えていた頃で、父への憧れもあり、自分も救急救命士の資格を取って消防士を目指そうと決めた。
高校を卒業すると、新潟医療技術専門学校の救急救命士科に進学した。新設されて間もない3年制の学校で、3期生として入学した。同期40人のうち女性は11人だった。救急救命士になるには、国家試験に合格する必要がある。医学的な知識をはじめ、救急現場に対応できるようさまざまな専門知識を学び、厳しい訓練・実習を重ねた。
消防署で働くには、まず自治体の消防職員採用試験に合格しならなければならない。専門学校を卒業後、採用試験を受けたが、当時は全国的にも女性消防士が少なく、山形県内には一人もいない状況で就職は難しかった。結局、消防士はいったんあきらめ、南陽市役所の一般職員になった。配属になったのは当時の健康福祉課で、保健師さんと一緒に仕事をするため、専門学校で身につけた医療の知識が役に立つこともあった。市民の方と接することが多い職場であり、救急現場とはまた違った対応を勉強させてもらった。
それから4年近く経った2007年2月、当時の南陽市長から市長室に呼ばれた。上司と一緒に行ってみると、「山形県で初めて女性消防士が誕生したという話を聞き、南陽市にも女性で救急救命士の資格を持っている職員がいると知った。消防の仕事に興味はあるか?」と聞かれた。ある程度仕事にも慣れてきた頃で、年齢も25歳になっていたが、一度は諦めた夢を叶える最後のチャンスだと思った。両親に相談すると「全面的に協力する」と言ってくれ、新しい道に進む決心をした。
チャレンジの道のり
2007年4月、南陽市消防本部(当時)へ異動になった。山形県内の消防本部で採用された消防士は、三川町にある山形県消防学校に入校し、半年間の初任科教育を受ける。そこで学び、半年後消防本部に戻ると救急係に配属された。最初の勤務日に火災指令が出て、消火隊の一員として火災現場に出動した。初めて消火活動にあたり、現場での緊張感とともに体力のいる仕事だと実感した。
その後、結婚し、翌年に米沢市・南陽市・高畠町・川西町の2市2町の消防本部が統合し設立された置賜広域行政事務組合消防本部の職員となった。組織が大きくなり、忙しい日々が続いていた。泊まり勤務や急な呼び出し、災害があれば何日も帰れないような状況も、夫は警察官なので理解してくれた。
しかし、子どもが生まれ、同時に夫が鶴岡に単身赴任となったこともあり、1年間、産休・育休を取って、実家で両親と一緒に住むことにした。育児休暇の期間が終わると、現場を離れ日勤の消防総務課に職場復帰した。娘を保育園に預けたが、「熱を出した」など突然の呼び出しもあり、母にサポートしてもらいながら子育てと仕事を両立しようと奮闘する日々が続いた。
現在の活動内容
2023年、置賜広域行政事務組合南陽消防署に異動になった。体力的に大丈夫だろうかという不安はあったが、予防係長として再び現場の部隊に戻った。火災の際には消火隊の隊長として、隊員をまとめて現場に駆けつけなければならない。以前は、隊員の一人として自分はどう動くかを考えていたが、隊長になり、「隊員をどう動かし、安全・確実・迅速に活動するためにどうするか」が重要になった。改めて消防学校の警防科に入校し、災害現場で的確な判断や消防戦術・安全管理を行うための知識、特殊災害に対応できる実践力を学んだ。
現場では、重さ約10kgの防火服を着用し、消防ホースやノズルの入った重いホースバックを運んで消火する。仕事に男女の別はないものの、力仕事が多いため、周りの隊員がフォローしてくれた。地元の火災だけでなく、岩手県大船渡市で林野火災が発生した際には、山形県の緊急消防援助隊として現地に出動し、消火活動にあたった。
今年4月から消防本部警防課に異動になり、警防企画係の係長に着任した。最前線の現場に出動することはなくなったが、県外で大規模な火災や災害が発生した場合には、緊急消防援助隊として派遣されることもある。岩手県大槌町で発生した林野火災の際にも山形県隊の一員として出動した。
現在の主な仕事は、火災や災害の現場で隊員たちが安全に活動できる体制をつくることだ。隊員が安全に、いち早く要救助者を助けるためには日頃の訓練が重要で、その企画・計画を担当している。訓練は毎月実施し、8月には解体予定の建物を借りて、建物を壊して穴をあけ、中に閉じ込められた人を助ける救助訓練をおこなった。また、水難救助訓練、現場を上空偵察するドローンの操縦訓練、消防防災ヘリとの連携訓練、地元の地域が被災した場合の災害対策本部の立ち上げの訓練など、訓練の範囲は多岐にわたる。
消火・救助・救急などの災害活動で使用する資機材搬送車、道具や機材の点検、隊員が使用する安全装備などの管理も仕事の一つで、現在の部署に来て、現場での活動をバックアップする重要性を実感しているところだ。
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今後の目標・メッセージ
南陽消防署で予防係長をしていた際、部下に若い男性隊員がいた。彼が他の消防署に異動になってから、「片山係長ともう一度、一緒に仕事がしたい」と言っていたと人づてに聞いた。女性の上司ということで、隊員たちにも戸惑いがあったかもしれないが、その言葉を聞いてうれしいと同時に、自信にもなった。
これからの目標は、後輩たちが自分の力を発揮し、やりがいを持って「地域のために頑張ろう」といきいきと働けるフィールドづくりをしていくことだ。例えば、隊員から「こういう訓練をやりたい」という提案があったとき、「よし、やろう!」と言えるような上司を目指している。
また、置賜広域行政事務組合消防本部では女性職員も多く活躍している。出産や子育てをしながらでも家庭や職場の理解と支えがあれば仕事を続けることができるので、後輩の女性たちがやりたい仕事をあきらめることがないようサポートしていくことも自分の役割だと思っている。
消防士の最大の役割は、火災や事故、災害から地域の住民の方たちの生命、身体、財産を守ることだ。そのために自分ができることを一つずつ、やっていきたいと考えている。
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